合わない計算


「ペリランドさん、いつもありがとうございます。じゃあここに判を」

「いいえ、こちらこそ」

 モーリスが書類用の魔力が込まれた紙に親指を押し付けると、判となって赤い模様がつく。

 その横で、シャルは搬入口から運び込まれる木箱の数を素早く数える。

 

 今日の仕入れ品はティエの葉だ。

 一辺10キュウブ――野乃の元いた世界風に言えば約50cm――四方の木箱に、乾燥させたティエの葉がパンパンに詰まっている。

 手元のリストを見ると、今日運び込まれる木箱は177個。重さで言うと48ゴーロン――えっと、何kgぐらいなんだろう?


「いやー今年のものもいい色付きしてますね。それにいつもよりたくさん詰まってる感じがします」

 

 シャルが振り返ると、モーリスが箱の一つを開けて、中のティエの葉をチェックしていた。

 王国有数の農業地帯である、北部の平原から運び込まれた葉。

 収穫した直後は緑色だが、ここまで数日かけて運び込まれる間に赤茶色となる。粉にしたり、煎じたりしたものを水に溶かして飲むのだ。


 ……要は、紅茶のことじゃないの。

 シャルはこの世界でティエと呼ばれるものがお茶であること、そしてこの世界に緑茶が無いことに、初めて気づく。

 別にお茶にこだわりは無いのでどうでも良いのだが。

 それよりコーラとか、エナジードリンクとか……無いわよねえ……


「そうですねえ、今年は結構な豊作でしたので。質も良いので、傷まないように詰めるのが大変でしたよ」

「でしたら、もう少し余裕を持って木箱に入れても良かったのでは?」

 モーリスが尋ねると、ここまでティエの葉を運んできた農家の男は少し顔を曇らせる。


「それが、今年は箱の方を充分に用意できなくて……ほら、去年秋に北部の方ですごい嵐があったでしょ? あれのせいで、使える木が全然無かったんですよ」


 ティエの葉を入れる木箱は、中の葉を湿気や虫から守るため特殊な木を使い、魔力を込めて作る……シャルはモーリスから聞いたことを思い出す。

 ――茶箱ならぬ、ティエ箱ってことか。


「いつもより詰まってるのはそれもあるんです。一箱あたり18ロンスはあります」

「ああ……普段は15ロンスぐらいですもんね。……おーい! いつもより重いから気をつけろよ!」

 モーリスが搬入口を通ってティエ箱を運んでいく手伝いの店員さんに注意を飛ばす。


 

 ……あれ? シャルの中の野乃の、理系の部分が反応する。

 数値、合ってる?


 今日運び込まれるティエの箱は177個。

 一箱あたり18ロンス。だから……

 ……合計で、177×18=3186ロンス。シャルはメモ用の羊皮紙の切れ端で計算し、3186と書き込む。

 

 で、ロンスもゴーロンも重さの単位だけど、確か1ゴーロンは70ロンスぐらいだったはずだ。

 厳密な関係式は……えっと、お父様から以前覚えるように言われた……


 そうだ、思い出した。1ゴーロンは72ロンス。

 ってことは、リストに書いてある重さ、48ゴーロンは……48×72=3456ロンス。


 ――合わない。差し引き270ロンス、足りてない。


「お父様、あの……」

「どうした、シャル? 倉庫なら、まだまだ余裕あるはずだが……」

 

「いえ、そうではなく。計算が、合いません」

 シャルはメモを見せて、モーリスに説明する。


「……むむ、計算に、間違いは無いんだろうな」

 

「はい。検算もしました」

 モーリスの顔からは、『本当か?』という疑念と、『娘がこんな計算を短時間で……』という驚きの感情が見て取れる。

 

 ――はあ、まあそうよね。

 普通の10才の子は、2桁や3桁の掛け算をこんなさっとできない。ましてや、数値から疑念を持って計算して、実際に合ってないことを示すなんて。

 

 シャルは、自分が今やったことが、お父様の想像を超えたものであることを実感する。


 野乃だったときは、これぐらいの計算、実験やレポートの中で毎日やってた。実験誤差を気にして、数値に対する感覚も敏感になった。

 それが、無意識のうちに働いていた。


 うーん。こういうのも、職業病のうちに入るのだろうか?


「……本当だ。シャル、すごいな……」

 モーリスは自分でももう一度羊皮紙に計算して、シャルの言い分が正しいことを確認する。


 ……そういえばこの世界、電卓は仕方ないとしてもそろばんすら無いのよね。

 筆算は幸い日本のスタイルと同じだが、モーリスも他の商人も、計算するときは皆羊皮紙とペンを動かしている。

 

 ――これ、そろばん作ったら大発明?

 ……いや、でもわたしそろばんの仕組みよくわからないや。残念。


「ありがとうなシャル。商人にとって、数字のズレは絶対に見落とせないものだ。迅速に処理しなければいけない」

 そう言うとモーリスはごつごつした左手で、シャルの金髪をわしわしと撫でる。

 スキルをひけらかしてるような気もするが、褒められて悪い気はしない。


 

「あの、すみません。よろしいでしょうか?」

 シャルの計算を説明するため、モーリスは、農家の男に向き直った。

 

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