所変われば単位も変わる
「……はい? もしかして、葉に傷みでもありましたか?」
馬車の荷台から箱を降ろしていた農家の男は、モーリスの真剣な眼差しにたじろぐ。
「いえ、事前に頂戴したリストと量が合わないんですよ」
「えっ……おかしいな、確かにセーヨンの単位で計算させたのに……」
モーリスから計算結果を説明された農家の男は手元のリストを覗き込み、馬車の方をちらり。
「おい、このリストを作って、ペリランド商会へ出したのは誰だ」
男が大声で叫ぶと、程なくして荷台の中から、小汚い服の一人の少年が出てきた。見かけはシャルと同じぐらいの背丈だ。
「……そういえば、北部の地域では違う重さの単位を使ってるんですよね」
シャルは思い出す。全然違和感無かったけど、野乃の記憶がある今になるとこれもすごくおかしな話だ。
「ああ、シャルには教えてなかったか。売り買いの取引のときは、買う側が使用している単位に合わせて書類を作るのが決まり……というかマナーなんだ。慣習、ってのが正確だな」
つまり今回は買うのがセーヨンのペリランド商会側だから、セーヨンでの単位で計算しないといけない。
「もちろん我々が他の街の役所や貴族に対し何かを売るときは、向こうの単位で計算してリストを作る」
「あれ、でも店舗でいちいちそんな計算……」
「さすがに面倒だから、個人相手にはしない。それに店舗に買いに来るのは、ほぼセーヨンの人だろ?」
……なるほど。
考えてみれば、コンビニに来たお客がアメリカ人だからってドル札を要求したりはしない。
「……レイか。お前、ちゃんとセーヨンの単位で重さ測ったか?」
男にレイと呼ばれた少年は、少しおっかなびっくりながらも答える。
「はい。セーヨンの単位って、ロンスですよね? 1箱10トルーラだったんで、16ロンスに直してから計算しましたよ」
「違う! セーヨンでは10トルーラは18ロンスだ!」
「え……」
レイの顔が一瞬にして絶望に変わるのが、その場の全員にわかった。
「レイ、前も計算間違えたよな……はあ」
男が右手で顔を覆う。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……」
レイの方はひたすらに平謝りだ。
「あれ、でもまだ計算が合ってないんじゃ……」
「いや……レイ、お前1ゴーロンを59ロンスで計算しただろ」
男の言葉で、シャルは慌てて計算をし直す。
レイがした計算は、1箱16ロンスで177箱だから、177×16=2832ロンス。
1ゴーロンは59ロンスだから、2832÷59=48ゴーロン。
……ようやく数値が一致した。
「それも違うんですか……?」
「セーヨンでは1ゴーロンは72ロンスだ。これも前に教えただろ?」
「……はい。申し訳ございません」
頭を下げ続けるレイの身体が、ほんの少し震えている。
「あのー、レイ君だっけ?もミスを認めていることだし、そこまで怒らなくても……」
たまらずシャルは声をかけた。
計算ミス、というか単位換算のミスなんて、誰にでもある。
「しかし、書類の間違いというのは信用に関わる……」
「まあまあ。うちの娘もこう言ってることですし、ほら、その子泣き出しそうですよ」
「……」
モーリスにも言われ、男の顔が少し柔らかくなる。
「……まあペリランドさんがそう言うなら。レイ、次ミスしたらもうお前に仕事はやらないからな」
「はい。……すみませんでした」
レイはモーリスに向かって頭を下げた。
モーリスは優しげな顔でそれに応える。
「えっと、ということは正しい重量は……」
「44と4分の1ゴーロンです」
モーリスが言いかけたので、シャルは計算しておいた値を読み上げた。
1箱18ロンスで、177×18=3186ロンスは変わらなくて、これをセーヨンでの換算でゴーロンに直すと3186÷72=44.25ゴーロン。0.25よりも4分の1と言ったほうがわかりやすいだろう。
「シャル、計算早いな……」
「……ペリランドさんの娘さん、すごいですね……」
モーリスと農家の男が、同時に声を上げる。
「いえ、そんなによくできた子、ってほどでも無いんですけど……」
お父様、それはシャルをディスってるんでしょうか……と言いかけて、シャルは口をつぐんだ。
***
……思えば、転生してすぐの時から、単位の計算で色々してたわね……
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