川辺のラベンダーソーダ

藤和

川辺のラベンダーソーダ

 マロウブルーの葉がたっぷりと入った塩ラーメンを啜る。マロウブルーの少し粘り気のある食感と、あっさりとした塩味、それにコシのある縮れ麺がよく絡んでおいしい。

 ラーメンは普段食べ慣れていないので胸元にハンカチを挟んで食べているのだけれど、そんな私を見て目の前の席に座って同じものを食べている友人が、顔の上半分を覆う白いマスクで隠れていない口元で戸惑った様に笑って言う。

「ねぇマロン、本当にお昼ごはんこれでよかったの?」

 不安そうな友人の顔の横に浮いているペストマスクを被ったフェルト製のホムンクルスも、こくこくと頷いている。

 周りを見ると、店内は素っ気ないマスクを被った男性客ばかりで、時折こちらをちらちらと見ている。

 わかる。おしゃれに縁の無さそうな冴えない男性客の中に、私みたいにいかにも女の子です。といったいでたちの人がいたら浮くのはわかる。自覚はしている。

 私は自分が被っているマスクに付いたラーメンの湯気を紙ナプキンで拭いながら返す。

「たしかにこのお店で私は浮いてるかもだけど、ドラコちゃんおすすめのラーメンって食べてみたかったから」

 すると、友人のドラコちゃんはにっと笑って言う。

「おいしい?」

「うん。こういうお店ってあまり来ないから新鮮だし」

 私の返事に、私の顔の横に浮いているフェルト製のホムンクルスがおずおずと言う。

「あまりっていうか、マロンはこういうお店基本的にサーチしないよね」

「まぁ、うん。

だからミイ、ちゃんとこのお店覚えててね」

「はーい」

 ホムンクルスのミイはいい返事をして、また私のそばに控える。

 一方のドラコちゃんのホムンクルスはきょとんとした声でこう言った。

「案の定こういう店は来ないか。

よく入る気になったな」

「ドラコちゃんのおすすめだったら絶対おいしいもん。ゼロちゃんもそう思うでしょ?」

「わかりみがふかい」

 ホムンクルスのゼロちゃんと私のやりとりを聞いてか、ドラコちゃんの口元が照れたように緩む。

「そう言われると照れるな。

でも、気に入ってくれたみたいでよかった」

 それから、ドラコちゃんは残りのラーメンを勢いよく啜って、どんぶりを持ってスープを飲み干す。これくらいの勢いがあればこのお店にも馴染めるのだろう。

「ごちそうさま!

マロンはゆっくり食べていいよ」

「お言葉に甘えて」

 早々にラーメンを食べ終わったドラコちゃんの言葉に、私はくすくすと笑って返す。

 そんなドラコちゃんと私を見てか、ミイが心配そうに言う。

「ドラコ、あんまり早食いは体によくないよ」

 それに対して、ゼロちゃんが言う。

「ドラコにとってラーメンは飲み物だからな」

「固形の飲み物はカレーだけにしとき」

「カレーも飲み物やで」

 ゼロちゃんとミイのやりとりを聞いていると、ドラコちゃんの口元が気まずそうに笑う。それがなんとなくおかしくて、私はまた笑ってしまった。


 ラーメンを食べ終わって店を出た後は、あらかじめの予定通り、近くにある本屋を見に行った。

 買い物カゴいっぱいに本を入れているドラコちゃんについて店内を回って、私は料理本コーナーでSNSでバズッたお花を使ったレシピの本を手に取る。それから、ドラコちゃんと一緒にレジに並んだ。

 お会計を済ませて、本をナップザックに詰めているドラコちゃんが不思議そうな顔で私に言う。

「買う本それだけでいいの?」

 その問いに、私はレシピ本の入った紙袋を少し持ち上げて見せて返す。

「一週間くらい前に通販で本を買ったばっかりなんだよね。

今かなり積ん読を積んでて」

「なるほどなー」

 そのやりとりを聞いてたミイがゼロちゃんに訊ねる。

「ドラコは積ん読ないの?」

「これだけ買ってないと思うか?」

「それはそう」

 ゼロちゃんの言葉に、ドラコちゃんはちょっと口を尖らせる。

「錬金術師としてぇ~、読みたい気持ちを失ってはいけないと思ってぇ~……」

 積ん読を消化しきれていないのを少し気にしているのだろう。そんなドラコちゃんを見て、なんとなく微笑ましくなってしまう。

 私も同じ錬金術師として、知識の探究を怠ってはいけないのはわかる。しかしそれはそれとして、積ん読は物理的に場所を食う。

 そこまで考えて、ドラコちゃんはどんな本を読んでるんだろうと思った。

「ドラコちゃん、お目当ての本は全部買えた?」

 私の問いに、ドラコちゃんは残念そうな声でこう返す。

「買うつもりだった新刊の小説が売り切れだったんだよね。

弟の推し作家のデビュー作だから欲しかったんだけど」

「そうなんだ。ちょっと残念だね」

 弟さんおすすめの小説が余程気になっていたのか、ドラコちゃんは少ししょぼんと首を傾げたけど、重そうなナップザックを颯爽と背負って私に顔を向ける。

「まあ、売り切れは仕方ない。

気分転換と休憩にカフェでも行かない?」

 その提案に、私は手を叩いて乗る。

「いいね、行こう。

ドラコちゃんおすすめのカフェとかこの近所にあるんでしょ?」

「おすすめというか、行きつけのところね」

「いいね、行こうよ」

 私達のやりとりを聞いて、ミイとゼロちゃんが顔を見合わせてから頷き合う。どうやらカフェに行くことに異論は無いようだ。


 本屋から少し歩いて、ドラコちゃん行きつけのカフェに入る。このお店は人が多すぎることもなく、かといって少なすぎることもない人の入りで、控えめなざわめきが心地いい。

 ドラコちゃんとふたりでメニューを見て注文するものを決める。ドラコちゃんは矢車草のアールグレイとすみれのカップケーキ、私はカモミールティーとバラのマカロンを頼むことにした。

 無事に注文を伝えられた後、ドラコちゃんがにっと笑って私に言う。

「運が良かったね。このお店のバラのマカロンは数量限定だからレアだよ」

 それを聞いて、私はドラコちゃんに訊ねる。

「そんなレアなお菓子、ドラコちゃんは頼まなくてよかったの?」

 するとドラコちゃんは朗らかに笑って返す。

「すみれのカップケーキは期間限定だからさ。食べられるうちにいっぱい食べておきたい」

「ねるほどね」

 しばらく待って注文の品が届く。食前の挨拶をしてから早速マカロンをかじると、華やかな香りとねっとりとした甘さ、それにかすかに酸味を感じた。これはスイバだ。スイバを薬ではなくお菓子に使うのは珍しい。それに、バラの香りとスイバの酸味がこんなに合うなんて思ってもみなかった。このカフェのメニュー開発者はなかなかのやり手だ。

 一方のドラコちゃんは、アールグレイで口を湿らせてからカップケーキに齧り付いている。カップケーキには重そうなバタークリームがたっぷりと乗っていて食べでがありそうだ。それに、混じっているすみれの紫色も鮮やかで食欲をそそる。きっと、甘くていい香りもするのだろう。

「ん~、おいしい」

 ぺろりと唇を嘗めながらそう言うドラコちゃんに、私もカモミールティーをひとくち飲んでから言う。

「すっごいおいしい。無限に食べられそう」

「やっぱお花のお菓子はいいよね」

「香りもいいし華やかだしね」

 私とドラコちゃんとで少しお菓子の話をしていると、ゼロちゃんがこんなことを言う。

「そういえば、マロンは家でもお花料理するのか? そんな感じのレシピ本買ってたけど」

 その問いに、私は自慢げに返す。

「もちろん。結構頻繁に食べてるよ」

 すると、ドラコちゃんが羨ましそうな声でこう言った。

「えー、結構面倒くさそうなのにすごい。いいな」

「ん? 食べてみたい?」

「私も食べたいなぁ」

 カップケーキを囓るのをいったん止めるほど、私の料理が気になるのか。そう思うとうれしくて、ついこんなことを提案した。

「それなら、今度一緒に公園にピクニックしに行かない?

お弁当は奮発するからさ」

 すると、ドラコちゃんはうれしそうな口をしてからこんなことを言う。

「でも、私はお弁当とか作るの苦手で」

 たしかに、ドラコちゃんはお弁当にするような細々したものを作るのは苦手だ。だから私は自信たっぷりにこう返す。

「お弁当は私に任せて。

その代わり、ドラコちゃんは飲み物をお願いね」

「あいあいさー」

 振り分けが決まったところで、ドラコちゃんが訊ねてくる。

「どんなお弁当作ってくる?

事前に打ち合わせして決めておいた方がいいかな?」

「うーん、すり合わせしないで持っていって楽しむのがいいんじゃないかな。

サプライズみたいで」

 私の返事に、ドラコちゃんがにっと笑う。

「それもいいね。そうしよう」

 それから、私とドラコちゃんはミイとゼロちゃんにスケジュールを確認しながらピクニックの日程を決める。

 当日が楽しみだ。


 ピクニック当日、私とドラコちゃんは公園の最寄り駅で待ち合わせをして、川辺にある公園へと向かった。

 公園にある川辺の草原にレジャーシートを敷き、その上にふたりで座る。私とドラコちゃんだけでなく、ミイとゼロちゃんもソワソワしている。

「はい、これがお弁当」

 そう言って私が大きなお弁当バスケットを出すと、ドラコちゃんは口元に手を当てて笑う。

「わ、すごい。これは期待」

「うふふ、期待通りだといいんだけど」

 ドラコちゃんの目の前でお弁当バスケットの蓋を開ける。中に入っているのは菜の花と椿とチーズのホットサンドに、カラスノエンドウの白玉団子、それから唐揚げに、にんじんとごぼうのきんぴらだ。

 本当はもっと種類を作りたかったけど、ホットサンドがまあまあ場所を取っているのでこんな感じになった。

 さて、ドラコちゃんの反応はどうかな? そう思ってドラコちゃんの方を見ると、持っていた大きな水筒を抱えてうれしそうな声を出す。

「すっごい! どれもおいしそう、早く食べよう!」

「そうだね。手を拭いて食べようか」

 ふたりでアルコールシートで手を拭いて、食前の挨拶をする。私はまず飲み物が欲しかったので、ドラコちゃんに声を掛ける。

「そういえば、飲み物はなに持って来たの?」

 すると、ドラコちゃんは水筒を差し出してこう答える。

「ラベンダーシロップのソーダ。

あまりきれいに色はでなかったけど、香りはいいよ」

「えー、楽しみ」

 私は受け取った水筒から紙コップにソーダを注ぐ。たしかに、あのきれいな紫色は出ていないけれど、香りはいい。

 ソーダをひとくち飲んでカラスノエンドウの白玉団子を食べると、ドラコちゃんは早速ホットサンドを囓ってうれしそうに笑う。

「んー、おいしい! マロンは王子様にいつもこんなお弁当作ったりしてるの?」

 ドラコちゃんの言葉に思わずドキリとする。私が想いを寄せている王子様の話は何度もドラコちゃんにしてるけれど、改めてこう話に出されると照れてしまう。

「やっぱマロンはいいお嫁さんになれるよ」

「そ、そう?」

 私が王子様のお嫁さんになりたいと思っているのをわかっていて、ドラコちゃんはこんなことを言うのだろう。

「このお弁当で、早く王子様を捕まえな」

 その言葉に、私ははにかんで返す。

「でも、王子様はグルメだからどうかなぁ」

 少し自信なさげに聞こえたのだろう。ドラコちゃんがホットサンドを確認するようにもう一口食べて、自信たっぷりに言う。

「グルメならなおさら。マロンのごはんで胃袋を掴めるよ」

 そう言って笑っているドラコちゃんは、からかったりなんてしていないというのが口調からわかる。

 だから、私は伺うようにドラコちゃんに訊ねる。

「それじゃあ、ドラコちゃんは私のお弁当、また食べたいと思う?」

 するとドラコちゃんは、当然といった口調で返す。

「もちろん! マロンさえよければ何度でも食べたいよ。

ああ、でも、それだと王子様に悪いかな?」

 ドラコちゃんの言葉に、私はくすくすと笑って言う。

「ドラコちゃんがそこまで言うなら、王子様の胃袋は掴めてるかな?」

「そう?」

「うん。そうだよ」

 ホットサンドを一切れ食べ終わったドラコちゃんが、今度は唐揚げを食べながら笑う。

「そんなに私の味覚に信頼置いてるんだ」

「だって、ドラコちゃんはグルメだから」

「まぁ、多少自覚はある」

 ふたりで笑い合いながらお弁当を食べて、川の景色を眺めて、穏やかな時間が流れる。

 お弁当の残りが少なくなってきたところで、私はドラコちゃんにこう言った。

「また天気の良い日にピクニックしようよ」

「いいね。またお弁当作ってくれる?」

「ドラコちゃんが食べたいならいくらでも」

「あはは、王子様には悪いけど、うれしいね」

 私とドラコちゃんでラベンダーソーダを紙コップに注いで、コップの縁同士を合わせる。

 光に照らされた川を眺めながら飲むラベンダーソーダは、ほのかに甘くて清々しい香りがした。

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