座敷童子

やざき わかば

座敷童子

幼いころに、よく家族で遊びに行っていた旅館。


そこで私は、裕福そうな着物を着て、利発そうな顔をした男の子と何度か遊んだことがある。元々座敷童で有名な旅館で、朝に若い番頭さんに確認すると、そんな子はいない。それはきっと座敷童だよ、と言われたことを今でも覚えている。


その後高校卒業、大学へ進学するにあたり上京、就職から結婚、出産に子供たちの独立や妻との死別も東京だったために、何十年も忘れてしまっていたのだが、この度定年を迎え自由な時間が出来た途端に、その旅館のことを思い出した。


まだ座敷童はいるのだろうか? 

もう私は老いてしまったが、座敷童はまた私と遊んでくれるのだろうか?


こうなっては居ても立っても居られない。幸い旅館自体はまだ営業中で、あの番頭さんもご健在のようだ。予約を取って、早速行ってみることにした。


番頭さんは私のことを「座敷童と遊んでいた子供」として覚えてくれていた。早速、座敷童の様子について伺ってみると、まだ彼はこの旅館にいるという。しかもあの同じ部屋に。


幸運なことに、その部屋に泊まることが出来た。


部屋の雰囲気は変わっていない。おもちゃやぬいぐるみは新しくなっているが、私が子供のころに感じた暖かさはそのままである。


…そして深夜、座敷童は私の前に出てきてくれた。


「座敷童、君かい?」

「やぁ、久しぶり。ずいぶん歳を取ってしまったんだね」


子供のころの記憶が鮮明に思い出されていく。座敷童の顔、声、口調。

どんな遊びをして、どんな会話をしたか。何故今まで忘れていたのだろう。


しかし、その時の記憶では座敷童はもっと元気よく活発に動いていたはずだが、今私の目の前にいる彼は胡座をかいて座り、少し猫背気味で手に持つ何かに夢中になっている。


覗き込んでみると、ゲーム機だった。


「座敷童、君ゲームするのかい」

「最近、別のお客さんが差し入れてくれたんだ。人間って凄いね、こんな面白いものを作ることが出来るなんて」


よく見ると、おもちゃやぬいぐるみに混じっていくつかゲーム機が置いてある。


恐らくゲーム機専用であろう大きなモニタも置かれていた。よく差し入れたな、どうやって持ってきたんだ。


しかしながら、ゲームとなると私も黙ってはいられない。


定年退職してからこっち、時間が有り余っていたのでゲームを始めてみると、これがまた面白い。さらに私には才能があったらしく、自慢じゃないが小さな大会などで入賞するほどの腕前なのだ。


「よし座敷童、一緒にやろう。モニタもあることだし」

「本当?今までは一人でやるばかりだったので、嬉しいよ。ありがとう」


それから朝までゲームで遊んだ。座敷童の腕前も相当なものだった。

教え教えられ、時に熱くなり、時に称え合う。とても素晴らしい時間だった。


「ありがとう、楽しかったよ。君は今日、もう帰ってしまうの?」

「その予定だったんだが、一泊延ばすことにするよ。座敷童、君とやりたいことがもうひとつあるんだ。ゲームも指や脳の運動になって良いのだが、やはりこれだけでは少し不健康だからね」


私は座敷童に、私のもうひとつの趣味である登山やキャンプといったアウトドアを教え、一緒に実際に行ってみた。


すると座敷童は予想以上に楽しかったらしく、私はその後数日、滞在を延ばすこととなった。


さすがに旅館に滞在し続けるわけにはいかないので、この旅館の近くに引っ越すことにした。


もう仕事もないし、何より独り身だ。それなら座敷童と一緒に趣味のゲームや登山、キャンプをしていく余生も悪くない。


座敷童は子供の霊ということもあるのだろうか。飲み込みが早く、知識欲が凄い。

私が持ってきた本を読んだり、インターネットで登山用具を吟味したりして、楽しんでいる。


今まで極度の引きこもりだった座敷童が外に積極的に出るようになり、旅館がどうなるか不安もあったが、そこはやはり、座敷童は「引っ越し」ではなく「お出かけ」をしているだけだからだろう。通常通り繁盛している。


それに、今まで一処にとどまっていた「富をもたらす存在」である座敷童が外に出るようになり、世間では良いニュースが少しずつ増えてきている。出生率向上、科学やものつくり技術のさらなる発展、経済の上昇、社会的不安の払拭、政治の浄化、犯罪率低下…。


思わぬ副産物だが、やはり一番大事なのは、座敷童のような子供たちがインドア、アウトドア関係なく、自分の興味を持ったことに何不自由なく精一杯挑戦出来る環境なのだろう。


この国の未来は、この国の子供たちが担うのだ。


私ももう少し、長生きしてそんな未来を見ていきたいと思う。

座敷童は満面の笑みで私を見上げた。

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座敷童子 やざき わかば @wakaba_fight

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