最終話 雨と共に

 黄金の光は街を染め上げた後遥か天にまで登って行った。

 大気圏を超えた黄金の一撃は、そのまま爆発、空を一瞬照らして消滅する。


 それをカイは見届けたあと、とある高層ビルの屋上に降り立った。

 大きな屋上、その真ん中に、ポツリと四肢を投げ出して横たわる男が一人。


 男は横目で降りたったカイを見た。


「よう、奈落の悪魔、俺の涙を拭きにきたか」


 カイは答えない、目の前の男は、アイエルは喋り続ける。


「どうも……失恋してな、泣きたい気分なんだ」


「……」


「なあ」とアイエルはおもむろにカイに語りかけた。


「この世は……理不尽だ……」


「そうだね」


 カイは同意する。アイエルの言葉に。


「きっと、これからも、涙なんてなくならない」


「そうだね」


「永遠にだ」


「……そうだね」


「だというのに、お前は進むのか? この先に苦しみが待ち受けているとしても……所詮、あの小娘だって永遠にはお前と共にはいられない」


「……」


「なあ、教えてくれよ」


 アイエルは四肢を屋上の床に放り投げたまま問いかける。


「あの小娘の何がいいんだ?」


「……多分、君が一番の欠点だと思っているところ」


「なんだよ、それは……?」


「ヒナタさんは確かに僕と同じ時間を歩めない。でもね──」


 カイはアイエルの顔を真っ直ぐ見て言った。


「でも、だからこそ、大好きだって、愛しているんだって確かに思う」


「……別れが常に添えられたものだとしてもか……?」


「寂しいさ」


「なら、お前は……!」


「でも、きっとその寂しさや悲しさのお陰で、僕は彼女を永遠に覚えていられる」


 その一言に、一瞬、アイエルは目を見開いた。そしてそのあと、薄く笑みを溢す。


「なんだよ、それ、馬鹿みたいだな、悲しいくせに幸せなのか……?」


「うん」


「なんだ、なんだよ、まったく……あの強さにも納得が言ったぜ、じゃあ小娘もお前に永遠の悲しさや寂しさを覚えて、与えた訳か……勝てねぇわけだ……定命のものにしか与えられないクソみたいな愛に俺は負けたのか」


 ははは、とアイエルの笑みが大きくなっていく、それと彼の四肢はだんだんと光の粒子へと変わっていった。


「しかも最悪だぜ、失恋したうえに、惚気られた」


「でも」と、アイエルは続ける。


「お前らしい……答えだな、俺が愛した……男の……」


「……さよならだ、アイエル」


 カイは再び、羽を広げる。別れはもうすんだ、何かもう一言、言いたいこともあった気がする。でも、なぜだが、カイの心には名残惜しさが無かった。


「……最後まで、良い……奴だな、お前は……」


「……」


 カイは飛んだ。後ろを振り返ることなく。

 そのカイの後ろ姿を見たアイエルはポツリと呟いた。


「さよならだ……カイ……俺の……」


 そのまま一人の男は淡い光となって消えていった。



 ─────────────


 とある、スーパーの立体駐車場の屋上、私は祈りながら待っていた。気がつけば、ここの駐車場、駐車場に隣接していたスーパーの利用者たちが、爆発音と光を聞きつけて、野次馬と化している。


 大衆は突如、夕暮れの街を襲った超常現象を確認しようと、躍起になっていた。動画を撮ろうとする人、隣にいる知人に確認するかのように現象を説明する人。


 でもこの中で真実を知るのはただ一人。

 私だけだ。


 だから私は祈ることしかできなかった。彼とアイエルの戦いの途中、激しい閃光に街は照らされたお陰で、私はカイくんを見失った。


 そしてあの閃光のあと、二人は消えたままだ。異様に静かな空があるだけだ。


 この静かさが、何を意味するのか私は理解できない。だからできるのは無事を祈ることだけ。

 でも、確信していることがある。カイくんは生きてる。負けていないはずなのだ。


 根拠のない推測だったが、確かに私はそう信じていた。彼が負けるはずがないと。


「だから大丈夫……! 大丈夫……!」


 必死にそう自分に言い聞かせる。涙が溢れてくる。私は、どこまでも、無力だ。


「カイくん……私、また、祈ることしか……」


「それで充分だよ」


 背後から、声が聞こえた。群衆が空を見つめ続ける中、私は彼を見つめた。


「お待たせ、ヒナタさ──」


 彼が言い終わる前に私はカイくんに抱きつく。


「おわ!」


 驚く、カイくんは恐る恐る、腕を私の背中に回した。


「……おかえり……!」


 一言、それだけしか私はいえなかった。


「……ただいま」


 カイくんの暖かい言葉が返ってくる、そしてそれと同時にわかった。もう戦いは終わったのだと。


「カイくん、ずっと一緒にいて」


 だからだろうか彼の肩に顔を埋めながらそんな我儘が口から飛び出した。


 するとカイくんは強く抱きしめ返して言う。


「君が、僕のこと好きでいてくれる限り僕はここに存在できる。大丈夫だよ……」


「うん……」


「だから、その……僕からも改めて聞きたい」


「うん?」


「君の隣にいて、一生、隣にいていいかな」


「……なんだ、そんなの答え決まってるじゃん」


「だから、その、僕も聞きたいんだ」


 私は思わず笑みをこぼした。そして彼の肩から顔を上げて、カイくんの顔を見つめて言った。


「私の隣にいて、今度は私が貴方を笑顔にしてみせるから」


 そう言って私たちは、一生分のハグをした。

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奈落の悪魔と雨に踊れば 青山喜太 @kakuuu67191718898

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