第5話 弟が大人になった日(前日譚)

 父さんの転勤に伴って、僕たち兄弟も揃って転校することになった。僕は不登校だったので、転校には何の感傷もないが、弟はかなりごねた。弟は僕と違って友達が多かったので寂しくなるのは無理もない。まあ、その持ち前の人たらしの能力があれば、新天地でも早々と友達が作れるだろうから特に心配はしていない。


 最近、弟がやけに生意気になった。

 そして、大人ぶるようになった。


 こっちに引っ越してすぐに、近所の古びた定食屋に行った時には、メニュー表にない「お子様ランチ」が食べたいと騒いでいたくせに、昨日、ファミレスに行った時には「お子様ランチなんてガキの食べるもの」だと言って、興味も示さなくなった。


 思春期と呼ぶにはまだ早い気もするが、とにかく最近の弟の言動は生意気で仕方ない。



 もうすぐ、十二月になる。


 僕は最寄りの中学校に籍はあるものの、相変わらず不登校生活を謳歌している。勘違いして欲しくないのは、引きこもりではないということだ。なので、気が向いた時には外出するし、家族の外食にも一緒に出かける。両親はそんな僕に、たまには学校に行ったらどうなのか、という雰囲気をそれとなく作り出すが、僕は見て見ないフリをしている。


 そんな僕も高校には通うつもりでいる。

 僕は不登校だが、成績だけは何故か優秀だ。受験勉強は気ままに頑張っているので、難関校でなければ合格する自信はある。不登校生徒でも成績優秀者なら入学できるという高校は、それなりにあるそうだ。


 

 最近、弟はやたらとひとりの女の子の写真を眺めている。剣道をしている写真、浴衣を着ている写真、花火をしている写真、水着姿のものまであった。一体どこで手に入れているのかは分からないが、いわゆるアイドルや芸能人の販売されているものではないことは確かだ。パッと見は可愛いが、ゴリラにも似た迫力を感じる写真もあった。


 僕は、弟が盗撮をしているのではないかと疑い始めた。仮にこの先、なんらかの犯罪行為を犯すとしたら、それは間違いなく僕の方だ。兄弟揃って親不孝者になる必要はないだろう。



「拓真、犯罪行為は良くないぞ?」

「兄ちゃん、何言ってんの?」

「だって、これ、全部、盗撮だろ?」

「違うよ、瞬にもらったんだよ」

「それじゃこの写真の人は?」

「瞬の姉ちゃんだよ」


 なんだ、盗撮ではなかったのか。

 しかし、何故、そのような写真を集めているのか。


「拓真、まさかその人のこと?」

「……」

「誰にも言わないから正直に言えよ」

「好きだよ、悪いかよ」


 なんてことだ。僕が不登校で部屋にこもって青春時代を心の紙ヤスリで削ぎ落としている間に、小学生の弟の方が先に初恋を経験していたとは。


「拓真、大人になったんだな」

「兄ちゃんが子供すぎるんだ」

「ちなみにその子は何歳なんだ?」

「中学三年生って言ってたよ」


 僕と同い歳じゃないか。さすがに歳の差があり過ぎるのではないか?弟はまだ九歳で、僕は十五歳だ。この年齢における六歳差は、数字で表すより遥かに遠く高く広く長く深い距離があるのだ。


「諦めな、さすがに歳上すぎるだろ」

「関係ないよ」

「お前はよくてもその子は迷惑だろ」

「兄ちゃん、引きこもりのくせに世間体とか気にするんだ?」


 痛いところを突かれた。


「それを言うなよ」

「兄ちゃんは恋したことないから分からないんだよ、歳の差なんて瑣末なことだよ」

「何処でそんな言葉覚えたんだ?瑣末とか」

「おれは必死に勉強してるんだ。少しでも栞に似合う男になるんだ」


 栞、というのか。

 なんだか、無性に妬けてくる。弟をとられたような気分になってくる。僕の知らない男になってしまった。


「僕は拓真に不幸になって欲しくない」

「恋することは、不幸じゃないよ、幸せなことだ」


 ああ、弟はもう立派な男になったんだな。

 僕は、そんな弟の初恋を応援してあげなきゃいけないのかもしれない。


「拓真、失恋したら骨は拾ってやる」

「失恋なんかしない、絶対に栞を振り向かせてやるんだ」


 そう言うと拓真は真っ直ぐに僕の目を見つめてくる。

 眩しい。人たらしの才能が爆発している。


 なんだか、羨ましくなった。

 僕にもいつか、こんなに人を好きになれる日がくるのだろうか。恋することが出来るだろうか。


















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いつか、君に恋をする 奇跡いのる @akiko_f

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