第4話 後輩は運動音痴(前日譚)
俺の名前は
俺は坊主頭で、細長の目をしているから、「無愛想で目つきも悪い」と言われることが多い。勘違いされている。自分で言うのも恥ずかしいが人見知りなだけだ。
部長となったからには、後輩たちに慕われたいが、残念なことに一学年下には剣道部員が一人もいない。このまま新一年生が入部しなければ廃部になってしまうかもしれない。俺は焦っていた。
そんな春の晴れた日、花見に行った公園で酔っ払いに絡まれている女の子を助けた。同じ中学校の制服だ。話を聞くと新しく一年生になった後輩だった。
一年生、という響きだけで、つい剣道部に勧誘をしてしまった。恐らく経験者ではないだろう。可愛らしい女の子だ。おっとりして見える。勝手な第一印象だが、運動神経はそんなに良くはなさそうに思えた。
彼女は初対面の三年生に緊張しているようだった。無理もない、こんな人相の悪い先輩に絡まれるのは酔っ払いに絡まれるのと同じくらい怖いことだろう。
最悪、同級生を剣道部員に入るよう説得してもらえれば御の字だと考えたが、まさか彼女が入部してくれるとは思いもしなかった。
新一年生はそんな彼女を含め、三名が入部した。
二年生はおらず、三年生は部長の俺を含めて二名だけ。これで部員数は五名となり、ひとまず廃部の危機は脱することが出来た。
彼女は工藤栞、予想通り、剣道は未経験だった。更に第一印象そのままに、運動神経が悪かった。運動音痴と言ってもいいだろう。いよいよ、なぜ剣道部に入部してくれたのか謎に思えてくる。
練習はきついし、試合はハードだから、すぐに辞めるだろうと心配していたが、彼女は部活をサボることもなく練習に打ち込んでいた。
「工藤さん、なんで剣道部に入ったの?」と、同じ一年生の
「部長に助けてもらって、一目惚れしたんです」と彼女が答えるのを聞いてしまった。
生まれてこの方、女の子にモテたことがなかった俺は一瞬で有頂天になり、彼女を意識するようになった。
公立中学の弱小剣道部では、公式戦に勝つことも難しく、早々と最後の大会が終わった。俺は高校でも剣道を続けていくつもりだが、まだひとつ、負けられない試合が残っている。工藤栞に告白しなければならない。勝算はある。何しろ彼女は俺に一目惚れをして部活に入ったのだ。
放課後、俺は工藤栞を呼び出した。
――部長……どうしたんですか?
――もう、部長じゃないよ
――あ、塔屋センパイ、ですね
――工藤、俺と付き合ってくれ
――もちろん喜んでお受けします
よし、イメージトレーニングは完璧だ。
ん?
工藤と権藤が何かを話している?
「最近、部長に幻滅しちゃってさー」
「どういうこと、工藤さん?」
「私のことを見る目つきがいやらしくて。それにいっつも鼻の下伸ばしてるし」
「あー、なんか分かるかも。あれ絶対工藤さんのこと好きだよ」
「なんか、思ってた人と違ったよ。もっと硬派な人かと思ってたんだよね。そういえば部長に呼び出されてんだ」
世の中には知らない方がいいことが多くある。
「工藤さん、二年生はいないし、次期部長は君に任せたよ」
「伝えたいことってそれですか?」
「ああ、それだけだ。本当にそれだけだ」
俺の中学最後の勝負は、舞台にすら上がることなく敗戦してしまった。
工藤栞、入部当初は声も小さな可憐な少女だったのに、すっかり変わってしまった。最近では彼女の背後にゴリラにも似た迫力を感じることがある。
さらば、俺の初恋よ。
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