第8話 サムの帰還
カナクから来た電気技師達が、水力発電機の欠落していた部品を完成し、皆が待ち望んでいた「ノード第一水力発電所」の稼働が復活したのは二年後だった。
その日、長老たちの合図で、水力発電機の鉄の独楽が「シューーーー」という軽快な音をあげ回転をはじめた。その電力で室内の電灯が明るく灯った時、見守る自由民達は歓声を上げて喜び、カナクから来た電気技師と長老二人は安堵の声を上げた。(この間、長老の一人は亡くなっていた) その日の夜、電灯の光があふれる広場で自由民達の宴会は夜明けまで続いた。その後、冷房装置、酸素発生装置も作動し始めた。生まれて初めて新鮮な空気を吸う事になったノードの自由民達は驚き、カナクから来た電気技師達に感謝するのみだった。そして役割を終えたウィー、サム達4人の電気技師たちは、二年ぶりに西のドーム都市カナクに帰還する事になった。
カナクからの船は、春の暴風気を避けるため遅延し、翌月やっと、ノードの港に到着した。大勢のノードの自由民達の見送りのなか、ウィーやサム達電気技師は手を振って船に乗り込み、出航していった。北極海を西に進む船は、途中西風と高波に行く手を遮られ、途中の入り江で風が静まるのを待ち、緊急用バイオ燃料を使用して、二週間遅れでやっとカナクの港に到着した。
カナクの港には、ノードから二年ぶりに帰還する電気技師の英雄を出迎える為に三百人を越える大勢の人々が詰めかけていた。ウィーやサムが港に降り立つと、評議会の面々、電気技師の仲間達、ウィーの同居人ミア、サムの姉エリが大歓声を上げて出迎えてくれた。
隊長のウィーは同居人のミアから熱い抱擁とキスで迎えられた。それを見ていたサムは、ポリーを捜したが見当たらない。母親も来ていない。サムは心配になって、一人迎えてくれた姉のエリに「ポリーはどうしている?」と聞いた。
姉は満足げな笑みを浮かべて「母は腰が悪く家で待っている。でも大丈夫。ポリーはサムの家で待っている」と答えた。
サムは姉のエリに「明日、母親を見舞いに行く」と言い、歓迎式が終わるのを待って、ひとまず家に戻る事にした。港から遠い自宅への道を、自転車のスピードを上げ
「どうしたんだろうポリーは病気にでもなったのかな」と心配しながら、長い坂を全力で自転車をこぎ続け、フラフラしながら家に着き、扉をノックした。
扉はすぐに開き、ポリーが飛び出して来た。涙で顔をぐしょぐしょにしたポリーは、サムの手を取って中に引き込み、すごい勢いで抱きついてきた。
「もう行っちゃ嫌だからね! ずっと離さないからね!」
実際、その日ポリーはサムを離そうとせず、ずっと抱きついたままだった。夜もずっと抱きついたままだったので、結局ポリーとサムは結婚する事になった。
翌日ようやく落ち着いた様子になったポリーは、サムが船に乗ってドラ山のサイバー都市に行った後、すぐにサムの姉エリからサムの手紙を受け取ったと言い、
「二年間ずっとサムの事を心配してた。私が他の人と結婚すると思う?」
と、サムの目をにらみつけて怒り始めた。
閉口したサムは「二人で母と姉のドームに結婚の報告に行こう」と言って、ポリーを連れ出した。二台の自転車を並べてふたりで出かける姿を見て、近所のドームから
「サムとポリーだ!サムがやっと帰って来たんだ!」
「二人でお出かけだ!いいわね!」と声を掛けられる。
サムとポリーは笑顔で手を振って応える。坂の上からはカナクの数百を超えるドームが見え、その向こうには青く輝く北極海が見える。
サムとポリーは長い坂を下りてカナクの中心部に向かい、大きなショッピングドームの近くにある母と姉の住むドームに到着した。姉のポリーが笑顔で迎え、母は腰痛も忘れたように車いすから立ち上がり、サムとポリーに抱きついてキスをした。
「良かった!ポリーにあんな手紙を書いて、みんなどれだけ心配した事か!」
姉はちょっと気まずい様子で、
「ごめんね、ポリーが心配で、あの手紙すぐに渡しちゃった」とサムに謝った。
母が「サムが帰って来て良かった、ポリーさんサムと結婚してくれるね?」というと、ポリーはすぐに、これ以上ないほどはっきりした声で
「はい、私はサムと結婚します!」と答えた。
サムも姉に小突かれて、小さな声で「はい、私はポリーと結婚します!」と答えた。
みんなが大爆笑で、これから結婚式の予定を考える事になった。
一週間後、工場ドームでサムとポリー、そしてウィーとミアの合同結婚式が賑やかに執り行われた。評議会の偉い人達、電気技師の仲間、新郎新婦の家族友人二百人が出席する中、ファンファーレが鳴り響き、左右に工作機械の立ち並ぶウェディングロードを、二組の新郎新婦が満面の笑みを浮かべて入場して来る。サムとウィーは初めて着るタキシードにネクタイ、ミアは白のドレス、ポリーはピンク色のドレス姿だった。評議会議長が神父の格好をして二組の結婚を発表した。ウィーとミアの情熱的なキス、サムとポリーの恥ずかし気なキスの後、ウェディングソングが流れる中、みんなが笑顔で踊りだした。サムの母親でさえ車いすを回して踊った。
その後カナクでは、ウィーやサムたち電気技師がドラ山から持ち帰った電線などの資材のおかげで、各ドームの電気機器の修理・増設・新設が行き届くようになった。これまで届かなかった場所にも電線が新設され、各住宅ドーム間の電力・電話回線が行き届くようになった。ドーム間はすべて有線放送が届くようになり、停電などの不測の事態は解消された。
サムは、以前ポリーから相談された「南の森の自由人達に電気のある生活を届ける」という依頼を覚えていた。そこで、仲間の電気技師たちに「南の森にも風力発電や水力発電などを作り、自由人達に電気作る方法を教える事は出来ないか」という相談を持ち掛けた。ウィーは
「無理な話ではないと思うよ、自由人達も電気を作って生活するようになれば、ドームに近づく自由人もいなくなる。自由人との争いのタネが無くなる。これはドーム人にとっても良い事だ」とカナク評議会の偉い人たちに掛け合ってくれる事になった。
それから間も無く、カナク評議会の了承を得た電気技師達は、交代で南の森に出張し、風力発電や水力発電などの設置をはじめ、自由人達に電気を作る技術を伝えていく事になった。
ドームの世界 島石浩司 @vbuy5731gh
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