レイデン、リズ

『……ふあー…』


 晴天の爽やかな昼頃。

レイデンはいつものようにこの天井の低い家の屋根に寝そべって日向ぼっこをしていた。

 優しい風が、レイデンの体中の毛に(霊なので本当は無いが)あたり、その度に目が覚め、結局昼寝をしたいのに一睡もできず、あくびだけが出る。

 何とも天気に合わない憂鬱な気分だった。


「……ここかな?」


ふと屋根の下を覗くと、見なれない男が立っている。

穏やかな風で、肩まで伸びた銀色に少し青が入ったような色の髪がなびく。

人間なら、普通、ありえない色だ。

いや、人間じゃないのか?

確かに、服装は目を凝らしてよく見てみると、ここらの人間とはまるで違う。

異国の人間か?

この家に来たのは――


――目的は何だろうな…?


 その時、衝撃の光景が目に映った。

 止めようにも、もう遅い。

 猫の死霊形態では追いつけない。

 レイデンが気づいた頃には、そいつはドアの取手に手をかけていて、ゆっくりとドアを開いていた。

 家の中から、パリンと器の割れる音が聞こえる。

 リズが、驚いて落としてしまったのだろうか。

 だとすればエイラは――。

 咄嗟に屋根の窓から家の中に入る。

 一瞬見えた最悪の未来は、レイデンを震えさせた。

 レイデンは、男とはついに立っているリズとエイラを見つけるとすぐさま庇うように前へ出る。

 男は、リズの落としてしまった器の破片の方へ視線を落とした。


「…あらら、派手にやったなあ」


 男以外は、皆、緊張で表情がこわばっている。

 と、今度はエイラがレイデンの前へ出る。


『おい、エイラ――』


 止めようとするが、エイラはまるで聞こえていなかったかのように、男に尋ねる。


「…どなたですか」


 部屋中に、彼女の声が響き渡る。

リズとレイデンは、驚いてポカンと口を開けていた。

何の躊躇いもなく発したその言葉は、本当にこの子の言葉なのか分からないほどに、力強いものだった。


「私には貴方のような人ならざる生き物・・・・・・・・に、知人はおりませんが」


 彼女は右の拳を握りしめ、何とか恐怖で震えるのを抑えている。

 少し間があった後、男が口を開く。


「君に言われるのだけは心外…」


はぁ、とため息をついて微笑み、自身の唇に人差し指をたて、続きを言葉にする。


「まっ、俺が誰かは、そのうち分かる」


 『そのうち分かる』?

 俺にはこの言葉の意味がわからない。

 しかし、男は意味が分かる前提で、話を進める。

 俺としては、意味を説明して欲しかった。


「…何故言えないのですか? もしかして、何かやましい事でもされているのですか?」


エイラが反論する。


「無い無い。なんせ会話しているだけでヘラヘラしているようなだらしない男に、計画的なことができると思う?」


「……思いません」


「それは良かった」


 男はもう一度微笑むが、目が笑っていない。

 薄っぺらく、優しそうな好青年を装っているだけだろう。


「…御用が済んだなら、今すぐにでもお帰りください」


「どうして?」


「そんなヘラヘラしている奴が我が家に居たら、何をするか気が気じゃ無いですから」


エイラの手を握る強さが緩くなっている。

少しは緊張が和らいだのだろうか。

代わりに、赤いしずくが指の付け根からポトポトと滴り落ちるのが見えた。

恐怖で強く握り過ぎたのだ。


「…もし私の家族に手を出すようなら、手足が一つ折れるのは覚悟しておいた方が良いかと」


 そして、男は初めてまともな笑み……いや、まともな苦笑いを見せたと思うと、男の視線はエイラの掌へ移り、傷に気づいたのか、エイラの方へじりじりと近づく。


「⁉︎」


 エイラは何をされるのかと自身の手を背へ隠すが、すぐにその細い手首を握られ、男の方へ引かれる。


「………君たち親子・・は、相変わらず手厳しいなぁ」


 男は目を瞑り、ため息を吐きながら言う。

 エイラはよろめき目を瞑るが、驚くことに、そのまますんなりと男の腕の中に収まった。

 彼女はかなり動揺して、凍りついている。

 男は、まだ幼く弱い少女の頭を撫でて呟く。


「落ち着いて」


 俺はリズと顔を見合わせ、俺たちは一体何を見せてられているのだろう、と視線だけで会話をした。



◇■◇■◇



「…おはよぉ…」


 エイラが二階から降りてくると、アタシはレイデンと声をかける。


「『おはよう!』」


声が重なり、エイラがプッと吹き出すと、見た事のない笑みで言う。


「二人共、本当に仲良いよね」


その瞬間、レイデンがエイラを見つめながら、固まる。

昨日、あの胡散臭い男がやってきてから、見違えるほどに元気になっているエイラを見て、嫌と言うほど伝わってくる。

――あの男の存在がどれほど、アタシらの知らなかったエイラの一面を呼んでくるのか。

あの力強い声、透き通った綺麗な声、この元気な笑顔。

 すべて、あの男が現れてから一日での変化だ。

レイデンは、この突然の変化についていけず、固まっているんだろう。

驚いて口をポカンと開けたまま、塞がらない。

アタシは、普段スカしているレイデンがぴったりと止まっていて、涙が出るほど声を出して笑った。

それから、思った。

こんな面白くておかしい日は、いつぶりだろうか、と。


「おはよー」


朝っぱらから「エイラが起きる頃には帰ってくる」と言って、出かけていたあの男が、いきなりアタシの背後に現れる。


「え…⁉︎ なんで……」


エイラは恐怖を感じ、また涙ぐんだ目で拳を握りしめている。

そして昨日と同じように、男は苦笑いを見せてから抱きしめようと、エイラの方へやって来て、エイラの背をさすり、なだめる。


「よしよーし。大じょー夫、大丈夫」


「……」


エイラは黙り込んでいても、内心ほっとしているんだろうな。

こんな風にエイラに世話を焼いているのを見ていると、アタシらと同類なのかもしれないと、つい思ってしまうが、胡散臭いことに変わりはないのだ。

この先も、男の存在への警戒心を消すことはできない。

アタシらの今後のためにも信用したいのは山々だが、そうもいかない。

それにアタシとレイデンには、昨日から引っかかっていることがある。

この男が人ならざる者だという、エイラの言っていたことだ。

特に「人ならざる」というのが全くわからない。

確かに「妙」な髪色も、魔法使いか悪魔に頼めばすぐにでもできる。

問題は、その頼みをそいつらが聞くかどうかだが、そんなことを他人のためにするような奴らじゃぁない。

なら一体誰が――。

ああ、そうか。


「あー。黙り込んじゃった…」


 男は困った顔でエイラの頭を撫でる。


 そもそも魔法使いは、人間の・・・異能力者という分類に入る。

 つまり、人ならざる者なら選択肢は一つ。


――こいつ、悪魔か。


 リズの、衝撃の事実を知った瞬間だった。 

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僕の小さな魔女。 しーちゃんす$及び、かん @2372481

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