ダイル店長、ユーリ(ユーリの物語は、少し成長させてお送りします)

『おーいユーリ!ぼーっとつっ立ってないで、仕事しろ‼︎』


 最近入った九つの少年が、掌を見ながら立ちすくんでいたので声をかける。


「はーい!すぐに行きます‼︎」


 慌てて手を動かすが、よく見ると指に赤いものが滴っていた。

 どこかで指を切ってしまったらしい。


『……』


 では一体、何で切ったのだろう、と、周りを見渡すと、少年の近くの机には刃物が置いてある。

 そういえば、つい先ほど「先輩、商品の袋を切るために、ナイフをいただけませんか?」と、いわゆるこいつの先輩達何人かが話していたな、こんなことのためだったのか、と、ふと思う。

 私はそいつの腕を掴み、有無を言わさず連れて行く。


「え⁉︎ちょ、ちょっとダイル店長⁉︎」


 こいつはいつも、自分を蔑ろにする。

 体調を崩した時も、言葉が出てこないくらい辛い時も。

いつだって、一人の少女のことを考えている。

そういえば、この店に働きたいと言いに来たのは、二ヶ月ほど前だったか。

思えば、ここで働く理由も、その少女のためだったはずだ。

自分には何もできないから、せめて彼女の生活の足しになるようなことをしたい、と店長の私に直談判をしに来て、初対面で説教をしたことを昨日のように覚えている。

もちろん、私達は「こんな幼い子に仕事ができるのか」と悩んでいたが、私が気づいた頃には当人は働いていた。

段々と・・・、私の話を簡単に理解し行動に移すようになっていく。

普通の少年でないことはその時に確信した。


だからこそ面白いやつだと思った。


『……また、あいつらか? 懲りないな…』


「…あ、あははは…」


そいつは自分の傷を見て苦笑いをした。


『あいつら…。いい加減、新入り虐めも卒業しろよ』


「……」


私の呟いたことに対して、何も言わない。

私が悪口を言っていても、こいつは言わない。


『…よし』


応急処置として、傷口を水で軽く濯ぎ、ハンカチを指に結んだ。


『今度、こんなことがあっても、一人で突っ立ってるな。仕事がとどこおる。自分でも応急処置をして仕事に戻れ。いいな?』


 もちろん、私だって頑張っているこいつの傷なら毎回手当てしてやりたい。

だが、あくまで本心は言わない。


「…はい」


私はこいつの成長を見れるのが楽しみなのだ。


『絶対だぞ?』


「はーい」


頬を膨らませ、口を尖らせて言う。

私はそいつの頭をめちゃくちゃに撫で回し、勢いよく立ち上がった。


『じゃあ、仕事に戻るぞ!』


「はいっ!」


いつものうるさいくらいに元気のいい返事にほっとした。

 優秀な我が店のこの店員には、笑っている顔が一番似合う。

 せっせと手を動かしている方が、見ていてこちらも安心する。

――本当に、最近は・・・九つの少年とは思えない。


私はこの少年に――、


「いやぁ…。参ったな、おまえの店だったのか。」


ゆっくりと開くドアから、男にしては高い、懐かしい声が響く。


『……お前、来る時は一言寄越せ。』


 私は、男の、この国では見たことの無いような衣装を見ても動じずに、文句をぶつけた。

男は首の後ろを掻き、苦笑いする。


「――悪かったって」


――この少年の能力・・に、驚かされてばかりだ。



◇■◇■◇



カランっと音が聞こえたと思うと、見たことのない格好の男の人がいた。

僕は店長にこっそりと、誰なのか聞いてみる。


『…あの男の人は、誰なんですか?』


でも、店長はシツモンには答えず、客間へ行ってしまう。

もしかしすると、聞かない方がいいことなのかもしれない。

僕は黙って店長について行った。


「…んで、本題に入るが――」


 突然、店長が沈黙を破る。

しかし、男の人は店長の話にはお構いなしに口を開く。

僕はもちろん、店長の事は家族のような人だと思うけれど、同じように話を遮られていて、少し嬉しかった。

そんなチャバンも束の間。


「とある少女を探している」


 驚きの言葉だった。

 いや、キョウフと言った方が合っているかもしれない。

 その少女とは誰のことなのか、心当たりがあった。

 いや、心当たりしかなかった。

吐こうとした息が、喉を通らずに引っかかる


「大丈夫かユーリ⁉︎」


店長が異変に気づき背をさすってくれると、ハッと我に返る。

正常な呼吸をしようとするが、うまくいかず、「ケホッ」っと咳が出る。

咳があるテイドおさまり、顔をあげると、男の、何か小動物を威嚇する、狼のような目が、僕を見ていた。

 ああ。この人は、僕がその少女に心当たりがあることに、気づいている。

僕は身の危険を感じ、店長の背に隠れる。

怖い。この人は――、

店長は男を睨みながら言う。


「子供を怖がらせるな」


――この人は、人間じゃない。


「……悪い。」


 男は元の無邪気な――いや、無邪気を装った微笑みを見せた。

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