第3話

女神サマは脚を組み替えた。

春真に身体はないはずなのに、ぴたりと視線を合わせる。


「ササモトハルマ、君にはもう一度、異世界転生のチャンスを与えよう。悪い話じゃないだろ」

「え、」

「実は件の措置『地球内外有機無機生命体総意に基づく地球及び周辺環境に及ぼす脅威的侵略的生命体予防的強制排除による現況維持存続を目指す超法規的措置に基づく強制執行による執行官の好意的措置による集団的強制移住』において過渡期に不慮の死を迎えてしまった者達の救済事業というのを行っていて」

「俺って、不慮に死んだんだ?」

「…覚えてないのね?」

「全く。記憶にございません」

「覚えてないほうがいいわ」


女神サマは微笑んだ。今度の笑顔はこれまでで一番優しい。

「自身の死に関する記憶、衝撃や恐怖を淡々と受け入れるのは人間には難しい。そのために信仰が生まれた訳だけど、きょうびの人間にそれを乗り越えるだけの信仰心はないからね、まして不慮の死なんかだと─君にだって無いでしょ、信仰心なんて」

話がそれたわね、と女神サマは言った。

「ササモトハルマ、君は死を迎えてロビン・ポートとして異世界転生した。本来なら君の希望に沿う転生先に送り出すはずだった。今、沢山の日本人を異世界転生させている最中だから…ちょっとその…抜けてたの。こちら側の不手際でね」

女神サマは魂の抜けたように踞るロビンの椅子に手をかけ自分の方を向かす。

ロビンはぼんやりと女神サマを見上げた。


「あなたは異世界転生に関するレクチャを受けられなかった。だからロビンとして生を受けた時、正しい対応ができなかった。生まれたての無垢の魂と自我をどう融合させるか教えられてなかったから」

「それでずっと、長い間夢見てるみたいだな、って思ってたのか」

春真はロビンを見た。微睡みつつ見てきたロビンの人生を思い返す。

「身体に複数の人格が宿るのは危険しかない。過負荷の状態が過ぎると身体が文字通り壊れるの。ロビンが三十年越えても生き続けてるのは僥倖でしかない」


女神サマの声は首筋に冷たい手を押し付けるみたいだった。

嫌な予感に春真は無い身体を震わせる。

「ヘンな事考えてないだろな、ロビンをどうする気だよ」

女神サマはどうやってか春真と眼を会わす。

「彼女は存在しないはずだった。ロビンという人格は無い。本来キミ─ササモトハルマの転生後だから、ひとつの存在でなければならなかった」

「まさか、それでロビンを殺したのか?」

四六時中ロビンを見ていた訳ではない、微睡みの中、ふっと目覚めたときに見ていた彼女の人生。

春真の記憶にあるかぎりロビンが大病を患ったとかない。出産で母子共に命を落とす事の珍しくもない世界で、ロビンは二児の母である。


「キミの寿命だった、と言ったら?」

「誤魔化すな!」

「人の生死の取り決めは神の権能よ」

「…あんたじゃないだ、って。そう自分で言ってたろ」

「…どちらも権能は変わらないわ」

女神サマは口元に小さな笑みを浮かべた。

「他者より自分の心配をするべきではないかしら。私の気が変わったら二度目が無くなってよ?」

「あんただって他人て認めてんじゃん、別人だぞ俺ら」

言ってから、流石にあんた呼ばわりはまずいかと気づく。

サマは気まぐれってか」

「さぁ。どうかしらね」


「脅したって駄目だからな。移住計画推進救済事業やってんだろ。」

「端折り過ぎだし意味も内容も全然違う」

女神サマはずっと笑みを浮かべている。先ほどのあんた呼ばわりもスルーした。

かといってご機嫌とは限らない。春真は生前、彼女のいたためしがない。相手女性の表情やセリフから本心を見抜くスキルもない。

春真は腹を括った。できるならビールを一缶飲み干して滑舌を良くしておきたいところだが。第三の人生に後悔は持ち越したくない。

「俺はずっとロビンを見てきたんだ。彼女は俺とは別人なんだよ。俺なら絶対に─」

春真は言葉を止め、少し考えて口を開いた。

「ロビンはいつも誰かのために生きてきた。俺なんか足元にも及ばない。真似しようっても出来ないな、俺は何もかも人に寄っ掛かってしてもらう側だったから」



ロビンは名も無き寒村の農民の三子として生まれた。二人の姉とはいわゆる年子だ。

ロビンの産声を聞いた父と取り上げ婆は、また女か、と呟いた。処置するか、と言い合っている二人を止めたのは同居の祖父母だった。

曰く、このが無駄になる、と─


ロビンが五歳の年、母が死んだ。お腹の子も一緒に。

同じ年、六歳になったばかりの二姉が領主の館へ奉公に出た。長姉はすでに五歳で村を出ていた。

家は益々貧しくなった。


この国では身分を問わず第一子を都の学校へやることが義務とされている。子供すら労働力としなければ食うに事欠く貧農には厳しい制度だ。

ロビンは一人で、二つ下の弟と、弱った祖父母の世話に明け暮れる日々が始まった。

幼子は我が儘ばかり口にして、泣いたりじぶんを叩いたり。祖父母は思うにならなかった人生を嘆き、思い通りに動かない身体を嘆き、小さな孫娘に

一人で畑を守っていた父は半年後、帰ってこなくなった。


働き手を失ったロビンの家族は村全体で支えることになった。弟と祖父母は村で面倒を見る。代わりにロビンは別の家族の第一子みがわりとして学校へ行くと決まった。


都の学校は身分の貴賤に関わらず平等に扱われる、と唱われてはいるが身分差別は厳然と存在していて、ロビンのような子は学習より雑事を優先される。

学校側から提示される仕事、貴族の子弟の身辺の世話。生活の場と対象が変わっただけで仕事の内容は村と代わり映えしない。


結局、大した知識も技能も身に付くことなく成人し結婚、出産と続く人生。

弟のため、祖父母のため、村のため、学校のため、裕福な同級生のため、夫のため、子供たちのため。

感謝されるでもなく当たり前のように、時には蔑みの言葉を吐きかけられて─

その姿に春真はいつの間にか、自分の両親を見ていたのかも知れない。


存在しないだなんて。俺のみたいな扱いはさせない。

たとえ相手が神サマでも。



春真は大きく息を吸った。


「なぁ女神サマ、俺と取り引きしない?」

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一億総異世界転生?じゃ今の日本に誰が棲んでるの @koronakoko26may

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