第1部
第2話
目が覚めると青に囲まれていた。
天井…それとも空?
地面…指先が触れても床らしい感触はない。
でも身体はきちんと座っているんだけど。
周囲はどこまでも広がっ…ているのかどうかよくわからない。
周囲360度、青一色。
他に何も無いから、広いのか狭いのかもわからない。
ウユニ塩湖にたったひとり、置き去りにされたらこんな感じなのかもしれないな。行ったことないけれど。
そこでロビンは首をかしげる。
ウユニ、え、えんこ?何それ?
どちらも、たどれる限りの記憶に無い単語。いったいどこから迷い混んだのやら。
前世の記憶ってやつじゃないか。
頭の中で誰かが囁いた─ような気がした。これまでに何度も経験した、自分じゃない何者かの声。可もなく不可もなく、稀にロビンにない知識をひけらかす。
ロビンはぶるぶると頭を振って周囲に目をやる。
それにしても此処は何処なんだろ?
ロビンが当てなく視線を泳がせていると、突如として視界の端にソレが現れた。
振り替えると2メートルと離れていないその距離の近さ。
一瞬前には無かったのに…。
どん、と音を伴って出現したかと錯覚する豪勢な重役机。と、ばっちり釣り合いのとれた美人秘書。
実生活で見たことはない。正式名も知らない。ウチは代々由緒正しき庶民だからな。
秘書は秘書でまた絵に描いたような美女でスタイルも抜群。白いシャツに紺色のスーツなんて誰がどう着ても野暮ったくしかならないだろうに。全裸よりセクシーってなんなんだ。
どっちも
まただ。…ジューヤクヅクエって何なの?ヒショ?ドラマ?どれもロビンの知識に無いものばかり。
「ずいぶん混線しているようねぇ。でも融合はしていないのね、これなら簡単だわ」
目をぱちくりするばかりで声も出せないロビンを憐れむように相手が喋った。
重役机の天板に腰と脚を下ろし、ロビンを見下ろしている。あまつさえ脚を組んで…
「あの、、その、、」
頭の中でひゅーひゅー騒ぐ何かが居る。ちょっと口に出すのも文字に起こすのも憚られる卑猥な言葉を並べ立てて…
いや、ロビンも二児の母であるから知識も経験も、それに酒場で女給として酔客の相手もしていて多少の耐性はあるはずだが。やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。たとえ他人であっても。
「その、、下着履かれてないんですね、」
見えていますよ、と蚊が鳴くよりも小さく呟く。
「いいのよ、気にしないで。」
「いえ、でも、、、」
「気にしないで。」
美人秘書はにんまりとロビンを見おろす。
「私は女神なの、人風情の関心も感情も無問題。」
…出たよ、自称神の露出狂。
「女神よ!」
…ありゃ、訂正、入りました。頭の中、読まれてる?
「多様性の時代とかね、素敵よ、みんな違ってみんないい。人の世の真理よ、正義よ。でもね、わたしは女神であって人の世の真理も流行り廃りも関係ないから。神ではなく女神なの!これは揺るぎ無い事実だから。」
ビシッ、と言い放って、女神は重役机から降りた。
惜しい、とロビンではない誰かが頭の中で呟く。物凄く残念そうだ。
「さて、雑談はこのくらいにして、本題に入りましょうか─掛けなさい。」
女神が軽く顎を反らすとロビンの側にパイプ椅子が出現した。もちろんロビンがパイプ椅子なんて代物を知る訳はなくて。しかしロビンの頭の中の誰かにはよく見知ったものらしい。恐る恐る椅子に腰を下ろすロビンを確認して、女神は机に腰掛けた。
女神とほとんど同じ目の高さになって、改めて人外の美貌の凄まじさに恐怖すら覚えるロビンと頭の中の何者か。
「え…と、
実にあっさりと女神サマは言った。
天気の話だってもう少し気を入れて喋るだろ、とロビンの中の誰かが毒づく。だって享年って、
…享年!!オレ死んでるの?これ夢じゃなくて?─あ、痛くない、つか、オレの身体何処いったんだよー全然触れねーんだけど?
「きょ、きょーねん、って?」
「そ。でね、」
突然自分の死を告げられて戸惑う二人をさらっと無視して女神は淡々と話を続ける。
「ササモトハルマ、きみ地球人で日本人だよね。このたび、『地球内外有機無機生命体総意に基づく地球及び周辺環境に及ぼす脅威的侵略的生命体予防的強制排除による現況維持存続を目指す超法規的措置に基づく強制執行による執行官の好意的措置による集団的強制移住』による措置で、このロビン・ポートの住む世界に異世界転生した訳なんだけど、って、聞けよ愚か者、女神のありがたい御言葉であるぞ。」
女神の力か、肉体もないのに全身が激しく揺さぶられるような衝撃を受けて、ササモトハルマは一応我にかえった。
ロビンは茫然自失。
異世界転移とか異世界転生とかの情報が溢れかえる令和日本に暮らしていたササモトハルマと違い予備知識が皆無だからちんぷんかんぷんだろう。
一方のササモトハルマはというと
ち、地球な…胸囲…チョーホー……イジュー?
…え?スミマセン、もう一回言って、
「言うかッ!」
美しい女神様はたいそうなおこりんぼさんであった。
突然自分が死んでいると知らされて茫然自失のロビンと、案外そうでもなかった笹下春真の二人。
笹下春真は一度は死んでいるわけだし、ロビンとしての人生経験もあるわけだから、知識と経験の差だろうか。
ロビンの場合はやっぱり、夫や子供に未練が残っているからかもしれない。
少なくとも笹下春真当人に未練があったか、よくわからない。死んだ覚えはなかったが。
「二人ともずいぶん辛気くさいではないか。」
…そりゃまぁ、死んでいる訳だから、明朗快活とはいかないね、と。春真は思う。
「心配ない、私は女神。悪いようにはしない。まかせときなさい。」
美しい女神様は艶然と笑んだ。
何故かそれはとても邪悪に見えた。
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