第32話 クリスマス

 ――卒業まで精いっぱい楽しもう。


 ヨウとシノはその言葉を有言実行することにした。つまり、生活に支障のない範囲で遊びつくそうとしたのだ。


 もちろん学校には行くし最低限の勉強はする。遊びばかりでは逆に面白くない。学校があるから遊びが輝くのだ。


 そうしてクリスマスは二人で遊び倒してやろうという結果に落ち着いたのだ。その方がシノは都合がいいらしい。なんとも、クリスマスと言えば告白地獄が想像されるからだそうだ。


 これはシノの自惚れではなく事実。何もなくても告白されるような少女なのに、クリスマスに告白されないはずがない。実際、遊びに行くお誘いも数件持ってこられたらしい。全て断ったけれど面倒だ、なんて言っていた。


 シノはモテるのだ。誰にでも分け隔てなく優しく接するのだから。

 中学生は自分が生きるのに必死であるため、他人に心を配れるシノがひどく輝くのだろう。努力家であるシノは人とのコミュニケーションも完璧にこなすのだ。

 ヨウにはできないことだから、この点でもシノを尊敬している。


「なら、ヨウと遊ぼうよ。男共が寄ってこれないくらい、遊びつくそう」

「いいですね。なら、遊園地とかどうですか。……実は行ったことがなくて」

 にっこりとシノは笑った。ヨウは驚いた。少なくともヨウよりは行ってそうなのに。どんな人生だ。


 ――尤も、ヨウも遊園地になんて行ったことがなかった。遊園地に行くなら図書館がいいと言うようなこどもだった。可愛くない。


「意外だね。でも、ヨウも行ったことない。丁度いいね、じゃあ遊園地にいこう」


 というわけでクリスマスは遊園地で過ごすことになった。シノの隣にいるのが完璧イケメン彼氏ではなくてただのヨウなのが少し申し訳なかったけれど。


 そう言ったらシノは笑った。

「そんな彼氏だったら、ヨウのほうが絶対いいですって。こんなにも楽しいもの」

 少し、いやかなり嬉しかった。


 ♢


 そして迎えたクリスマス当日。冷え込みの強い朝だった。

 防寒対策も意識して身支度をし、外に出る。コートも着こんでおいて正解だった。


 そこにあったのは一面の雪景色。昨晩、大雪が降るかもしれないと言っていたが、本当に降ったのだ。ホワイトクリスマス。すごい風情がある。

 

「おはようございます、ヨウ。少し寒いですね」

 確かにシノはあまり寒そうに見えなかった。ヨウよりも薄着に見えるのに、平然と佇んでいた。

「おはよう、シノ。少しじゃなくてすっごく寒いけどね」


 シノは月も似合うが雪もよく似合った。白磁の肌に美しい黒髪。雪という銀世界にシノはすっかり溶け込んでいた。ただ、寒さによる頬の赤らみだけがシノを人間たらしめていた。きれいだった。


「遊園地、営業しているかな」

「しているそうですよ。朝調べてきました」

「よかったー。じゃあ雪が積もったのは、この辺だけかもね」


 遊園地は少し離れたところにある。バスで片道二時間ほど。だから逆によかったのかもしれない。ホワイトクリスマスも遊園地も楽しめて一石二鳥だ。


 バスに揺られる。二時間なんて長いかと思ったけれど、おしゃべりしていたらあっという間だった。時間が止まってくれたらいいのに。最近、時が経つのがあっという間で恐ろしくなる。



 ――答え合わせは卒業式に。


 くだんの卒業まで、あと三か月を切っていた。



 ♢


 遊園地に足を踏み入れる。楽しい音楽が遊園地いっぱいに鳴り響いていて、なんだか気分が高揚する。

 これが遊園地。


 可愛らしいマスコットキャラクターが歩いていたり、まだ朝なのに甘い匂いが漂っていたり。店を覗くと可愛らしいグッズが所狭しと並んでいる。店の外装もファンシーで楽しい。


 なんだろう。これは酒池肉林のこどもバージョンなのかもしれない。夢の世界なんて言われているけれど、本当に夢みたいだと思った。



 さてと。

「……ねえ、シノ。どこから行く?」

 困ったことに、二人とも初めてなのでどこから行けばいいかわからなかった。

「そうですね……」


 キャーー!


 シノの声を遮るように、甲高い悲鳴が遠くから聞こえてくる。勿論、サスペンスドラマよろしく殺人とか事件なんて物騒なものではない。


 悲鳴はジェットコースターから発せられているようだった。人を乗せた乗り物がレールの上を高速で走っている。実物を見たのは初めてだったから少し見入ってしまう。


 ジェットコースターは大体百五十キロメートル毎時と聞いていたが、外から見ると意外と遅く感じるのは不思議だった。

 でも、百五十キロメートル毎時を生身の肌で実感するのか……。


 どうして人は怖いものに自分から向かっていくのだろうか。別にジェットコースターに乗りたいとは思わないヨウからすると、不思議でたまらなかった。


 はっと嫌な予感がして隣を見る。案の定、シノは瞳を輝かせてジェットコースターを見ていた。


「あれに乗りましょう、ヨウ。きっと楽しいから」

 きっと楽しいからだなんて、文化祭の時と同じ台詞だ。


 ヨウにはわかる。これはシノがヨウをとんでもないことに誘う言葉。でもきっと最後はよかったと笑えるのだと信じたい。文化祭の時と同じように。


「……そうだね、行こう」

 そうだ、神様はできない試練は与えられないのだから。別にジェットコースターが怖いっていうわけじゃない。

 ……怖くなんてない。ただ、乗らなくてもいいと思っただけだから。

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