第33話 ジェットコースター
――どうしてこうなったんだろう。
今、ヨウはジェットコースターに乗っていた。隣にはにこにこと佇むシノ。
ガッガッガッガッガッガ……。
そんな規則正しい独特な音を立てて、ジェットコースターは高度をどんどんと上げていっていた。そうして最高点に達した。音が止まる。
前にレールがなくて絶望した。
あ、落ちる。
一瞬無重力を感じた。同時に、ふわりと内臓が浮いたような感覚に襲われる。
次の瞬間には耳元で風がうるさかった。全身があらぬ方向に引っ張られる。悲鳴を上げるのをなんとか歯を食いしばって耐えようとした。
生まれて初めてのジェットコースターは、思った以上に怖かった。
ありえないことに、隣から聞こえるのは大きな悲鳴ではなく――笑い声。
生命の危険を感じているヨウには理解できなかった。シノは軽やかに笑っていた。心底愉しそうに。決して狂気的ではなく、楽しくて面白くて思わず笑ってしまったとでもいうような健康的な笑い。恐怖でおかしくなっている訳ではなさそうだった。
ふふっ、なんて澄ました笑い声はよく聞くけれど、こんなにツボにはまったように笑っているシノを目撃するのは、まだ片手で数えれるくらいだ。
まさかジェットコースターに乗っているときに大笑いするとは。シノは面白い。
なんてことは再び急降下に差し掛かったときに全てが吹き飛んだ。本能時に死を感じて胸の底がきゅっとなる。あっ死ぬ。
もちろん死ぬはずがなかった。めくるましく景色が変わってゆく。切り裂くような冷たい風がヨウに直撃する。重力も加わって少しいろんなところが痛かった。思わず目を閉じてしまう。
その間もシノは愉しそうに笑っていた。前言撤回。恐怖と笑いのツボが狂っているのではあるまいか。
そんなことが悠長に考えられないほどジェットコースターは急旋回を始める。ぐるぐるというか、もう振り飛ばさんとばかりの勢いで回るから思わず目を閉じた。
ガタン。ゴッゴッゴッゴッゴッゴ……。
一瞬静止してゆっくり動き出したかと思えば、またベルトが動く音がして位置エネルギーが大きくなっていることがわかる。嘘でしょ。
「見てください、ヨウ。景色がとってもきれいです!」
シノがあんまり目をキラキラさせるものだから、思わず見下ろす。
確かに、見晴らしはとてもよかった。地上にいる人は豆粒みたいに見える。でも、それどころではない。下を覗き込んだらあまりの高度に眩暈がしそうだった。
「それどころじゃないでしょー!」
ヨウが叫ぶと同時に、ジェットコースターは無慈悲に高速で落下を始めた。思考は全て吹っ飛んだ。
目を閉じたらシノのまばゆい笑顔が脳裏に浮かぶ。楽しいのなら、なにより。
♢
「やっと終わった……」
シノに聞こえないようにぼそりと呟く。ジェットコースターがこんなにも酷いものだとは思わなかった。これを最初に開発した人間は間違いなくサイコパスだろう。なぜ猛スピードで落ちようと思ったのか。
ジェットコースターとドッジボールを考えた人間とは相容れないだろうなと思った。人にあえて恐怖を与える乗り物と、人にボールを当てるのを是とする球技。どちらもサイコパスだ。
「たのしかったですね、ヨウ!」
瞳を爛々と輝かせてシノは笑う。いつもは見ない、あどけない表情。そんな見慣れない表情に少し困惑するが、これだけでも遊園地に来てよかったと思った。初めての遊園地にはしゃぐ十五歳児がそこにはいた。
「うん、面白かったね……」
ヨウは少しくたびれた。恐ろしいことに、シノは絶叫系を嬉々として乗るタイプらしい。ヨウは無理だ。もう二度と乗りたくない。重力加速度、通称Gを感じられたのは面白かったからよかったけれど。
まあ少なくとも生気は吸われた。あんまりそれは外見に出さなかったが。ジェットコースター如きに負けたくはなかった。
「そうですよね。よかったらもう一回乗りませんか。今は人もあまり並んでいませんし」
ちょっと待って。面白かったとまた乗りたいは別問題。連続してもう一回乗ったらヨウの身がきっと持たない。
「……うーん、ジェットコースターもいいけど……。ほら、あそこにある観覧車とかどう? 乗ったことないから乗ってみたいな」
観覧車がちょうどそこにあってよかった。
「まあ、いいですね」
太陽のような笑顔でシノは笑った。十五歳児をうまく丸め込むことに成功した。
人生初の観覧車へ、いざ行かん。
観覧車はジェットコースターとは違って、会話と風景を楽しむもののはずだ。さてシノと二人っきりの空間で、何の話をしようか。
何の話をしても楽しいことには変わらないのだけれど。
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