第14話 夜の学校

 深夜二十二時。ヨウとシノはたった二人きりで夜の学校にいた。


 夜の学校。いつぞやかも来た事があるが、どうにもヨウは好きになれない。異様に静かなのだ。昼間があんなに賑やかだからかもしれないが、それにしてもどこか薄寒さを感じてしまう。

 でも、今日は隣にシノがいる。


 トントン、トントン。


 二人分の足音が静謐な学校に響き渡る。少し気になったので足音を鳴らさないように歩くが、どうにもこうにも足音というものはこの静かな学校に響くのである。昼間は周囲の喧騒に紛れて聞こえないが、実はこんなに音を発していたとは。


 シノをちらりと見遣る。今日も彼女は綺麗だった。月の光が優しくシノを照らしていた。シノは、夜が似合う。


 ヨウの視線にシノも気付いたようだ。

 にっこりとその大きな目を細めてヨウに笑いかける。


「夜の学校ってロマンがありませんか」


 今までになくキラキラした瞳。


 最近気づいたことだが、存外この少女はどこか不釣り合いに幼さを残していた。

 普段は完璧な生徒会長サマ。みんなは彼女の完璧な笑顔しかみることがない。あの、大人びて澄ました笑顔だけだ。


 ――ああ、この無防備な表情を他の生徒は見ることがないのか。


 そう思うと少し胸がすく気がした。独占欲とは違うこの感情はなんだろう。取り敢えず胸の中にしまっておく。


「もしかしてシノ、ちょっと悪いことにテンション上がっちゃうタイプー?」


 そうおどけて言ってみると、シノは悪戯っぽい笑みを浮かべた。やっぱりその顔はずるい。一番活き活きとしているのだから。


「ふふっ、どうでしょう。でも、わくわくしませんか。ちょっといけないことって」

 囁くようにシノは言葉を紡ぐ。

 ――いつもより一際綺麗な表情で。


 あんまりに美しいものだからその笑顔はすべて計算し尽された、精巧精緻な人形の微笑みのようにも見える。


「だって、今しかこんなことは出来ないでしょう? 少なくとも、ヨウと二人でこんなことが出来るのは今しかない。そう思いませんか、ヨウ?」

 眩しい笑み。でも、どこか少し陰のある表情にヨウは虜になりかけた。


 人間は、少量の悪に惹かれる。太陽のように眩しすぎるとそれを直視できない。陽の光が似合いそうな彼女は、その実、月のようだった。夜空で一際輝くのだ。


 ――ううん、これはだめだ。この少女は、危ない。下手をすると向こうのペースに呑み込まれる。


 スー……ハー……


 シノにばれない程度に深呼吸をする。

「まあね、ヨウもちょっとわくわくしてるのかもー。確かにいけないことってしたくなるよね。カリギュラ効果っていうんだけど」

 あくまでおっとりとした口調を心がけた。ペースを崩されるのは矜持が許さない。ここは譲れないところだった。


「まあ、ヨウは物知りですね」

 なんて無邪気にきゃらきゃら笑う。どうせシノも知っているくせに。でも、こんなことはいう必要がないのだ。言っても変わらないことは言わない。代わりにふざけたような発言を投下する。


「ヨウが天才なのは知ってるでしょー」


 なかなかにヨウもクセが強い自覚はある。自己肯定感は高くいかないと。

「ふふっ、ヨウのそういうところ、好きですよ」

「どうもありがとー」



 少女が二人、夜の学校を彷徨い歩く。夜の静謐な空気に不思議と二人は馴染んでいた。

 まるで、これが初めての出来事ではないかのように。



「で、宝探しだっけ。さすがにちょっと説明してほしいなー。ここならいいよね?」

「ええ、勿論。逆に大した説明もなしにここまでよく来てくれましたって感じでしたし。丁度頃合いですね」


 なんということでしょう。それならもっと早く教えてほしかったのに。


「うん、待ちわびたよー」

 少しだけ非難を込めていってみる。多分、シノには掠り傷一つも与えられないけれど。だって、シノは全てを理解した上で笑うような、存外芯の太い少女だから。豪胆ともいう。

「ふふっ、お待ちいただきありがとうございます。そうですね、まず、宝探しについてでしたっけ」

 案の定嫌味は一ミリも伝わらなかった。もしくは、伝わっていても彼女の心に響かなかったか。ああ、残念。


「そーそー。シノは何を探しているの? この学校で。しかも、夜じゃないといけない理由は? いつから探してるの?」


 出てきた疑問をそのまま口にすると、シノは苦笑した。

「ストップ、ストップ。凡人の頭じゃそんなに覚えられませんよ」


 凡人じゃあないくせに。そこは流石に口をつぐんだ。ヨウは利口だからね。


「……ええと、まずは私の探しているものからですね。ズバリ、私の探しているものは――」

 シノの表情からスッと感情が抜け落ちる。さっきまでのキラキラ浮かれた表情は一瞬のうちに消え去った。あれ。


 ――美人の無表情は、怖い。どこか精巧につくられた彫像めいた怖さがあるから。まさか、こんな至近距離でみるとは思わなかった。


 形のよい薄い唇から言葉が紡がれる。まるで歌うように、流れるように。



「私の探し物は――記憶です」


 どこか遠くで木々がざわめいた。

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