第13話 妄想と現実の狭間
今日の夜はシノとちょっと悪いことをするというイベントがある。そう、夜の学校に行くっていうやつ。
そんな楽しみなイベントがあるせいで、日中がいたく長く感じられる。元から待つのは苦手だ。思考で暇を埋めようにも、どうにもこうにも夜に思いを馳せてしまって集中力が続かない。
退屈だなあー。
教師の話を右から左に流して、ぼんやりと窓の外を眺める。
外では鳥が飛んでいる。でもそれも視界に入っているだけだった。いつもならその飛んでいる鳥の種類を特定したり、群れている鳥だったらどうやって群れを形成しているのかをじっくり観察しているというのに。
窓の外にバルコニーがちらりと見える。窓の横に少しだけ廊下みたいなのが続いているのだ。人二人が通れるかどうかの細い通路だが、そこに鉄でできた柵がある。
時折妄想することがある。スパイがいて、この学校を舞台にバトルを繰り広げたらどうだろうかと。それかミッションか。
その鉄柵にかぎ爪のようなものを引っかけて下の階に降りたりすることがあったら、それはいたく楽しそうだ。なんて中学生なら一度は考えるのではなかろうか。
キーンコーンカーンコーン。
妄想に耽るうちに授業が終わった。ようやく放課後。ざわざわとした喧騒に包まれる。帰宅の準備をするもの、部活へ行く準備をするもの、談笑を楽しむもの、まだ机に向かって勉強をしているもの、みんなそれぞれだ。
そんな中やってくる美少女が一人。案の定、シノだ。うん、知ってた。
「授業お疲れ様です、ヨウ」
「シノもお疲れさまー」
大して何もしていないから疲れてもいないけれど。
「何をみていたんですか。窓の外になにかありましたか?」
シノは思っていたよりもヨウのことをよく見ている。それに浮かれてはいけない。ヨウならわかる。どうせシノは視界に入るクラスメイト全てを把握しているのだろう。そうやってクラスメイトの懐にいとも容易く入り込むのだ。
なんてこじつけないと、時たまシノに絆されそうになる。
「えへへ、外見てたように見えた? 実はね……何も見てなかったんだよ」
そういうとシノはころころと笑う。あまりにも予想通り。
「ふふっヨウは面白いですね」
「でも、退屈。はあ、早く夜にならないかなー」
「夜は逃げませんしフライングすることはないですよ、ヨウ。気長に待ちましょう」
「はーい」
半ば溜息をついて頬杖をつく。違う、これは長めの吐息だから。溜息じゃない。
そこでシノは苦笑を浮かべる。これは十中八九、ヨウのだらしない姿を見ての苦笑だと思う。
「それにしても退屈そうですね」
「だって事実なんだもん……あっでも、楽しいことは考えてたよ」
「どんなことですか?」
さっきの妄想の話をつらつらと述べる。シノなら面白い返しをしてくれそうだ。
「忍者とかスパイが今もいたらなあって。そのバルコニーをひょいと飛び越えて下の階に行くとか考えたら楽しくない?」
シノはくすくすと笑いをこぼした。
「まあ、意外とロマンチストなんですね、ヨウは。普通に階段を使うのではだめですか?」
ううん、思ったより辛辣。
「もう、シノはロマンがないなー。階段を使わないから、非日常だからこそわくわくするんだって」
「それは少しわからなくもないですけれど……想像するより自分がする方が楽しくないですか?」
「え?」
流石に予想外の返答だ。ええと、これは冗談?
「……うーん、自分でするよりもヨウは見てる方が楽しいかなー。見るというより想像する、の方が正確かもしれないけどね。っていうか、実践するなんて不可能じゃない? 少なくとも一般人は。やろうとしても落下して足を骨折するのが関の山じゃない?」
「ふふっ、一般人はそうですね」
まさか、自分が一般人じゃないというのか。確かにシノは人間離れしているきらいが少しあるけれど。でも、普通の中学生のはずだ。まさか。
「……ねえ、シノはもしかして階段なしに下の階に降りたりするのが出来るの?スパイみたいに」
不意に、夜の学校の情景が蘇る。あの時の髪の長い少女も、ふわっと飛び降りて姿が見えなくなった。まるでスパイ映画みたいに。
――待って、似すぎてやしないか?シノと、あの時の少女。髪が長い。美しい。白い肌。この学校の制服。あれ。
――そもそもあれって夢だったっけ。現実だったっけ。よくわからない。記憶が曖昧だ。これは、おかしい。異常だ。
「ヨウ?」
澄んだ声に意識が現実に引き戻される。目の前には造形の整いすぎた少女の顔。
「……シノ。どうかした?」
「どうしたもこうもありませんよ。急に返事をしなくなったからびっくりしたんですよ」
ああ、思考の海に沈んでしまっていたか。いけない癖だ。
「ごめんね、ちょっとぼーっとしてた」
そういうとシノは安心したようにふわりと笑った。
「もう、しっかりしてくださいよね」
「ごめんごめんー。んで、何のはなしだっけ?」
「ふふっ、学校の秘密についてです」
シノは色めいた吐息で笑う。
――そんな話してたっけ?
でも、思索の海に沈んでいるうちに話はそっちに進んでいたのかもしれない。ここであれこれ言い返すのもよくない。だって、話を聞かずに中断させてしまったのはヨウの所為なのだから。
「ああ、そうだった、そうだったねー。……ごめん、どんな内容だっけ?」
「そういうと思っていました。こんな質問をしていました」
シノは微笑を浮かべる。少し悪戯めいた表情。この顔も少し見慣れてきた。
「学校が二十二時に閉まるのは、どうしてだと思います?」
いくら先生に残業があれど、大切なものを忘れ物したとしても、学校はかっきり二十二時に門が閉められる。それ以降は入ることは出来ない。職員室の明かりも二十一時半ごろには消灯される。
それは深夜のバイトへ行く道すがら見たことがあった。でも、それに疑問なんて抱かなかった。
「先生が帰りたいからじゃない? 流石に二十二時には帰りたいでしょー」
シノは笑っていう。
「残念、不正解です」
シノはヨウの傍にしゃがむ。顔をヨウの耳に近づけて、そっと囁く。
「ヨウ、それはですね――」
私がそうしたんですよ。宝探しをするために。
耳元で囁かれた事実が嘘か真か、冗談か本気か、今のヨウには判断できなかった。ただシノの吐息があまりにも妖艶で、それに意識が奪われそうになったのもあるかもしれない。
「ふふっ、嘘みたいな話ですよね。でも大丈夫です。夜には全て明らかになることですから」
多分これは何も大丈夫じゃない。ヨウは確信した。
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