第9話 期末試験と違和感
ザワザワとした喧騒。
期末テストが終わって一週間後、ヨウは貼り出し掲示の前にいた。もちろん、期末テストの成績優秀者の掲示の前だ。
一位 シノ 五〇〇点
二位 …… 四八二点
一位の字しか視界に入らなかった。シノ、五百点取ったんだ。しかもダントツ一位。因みにヨウはランキング外。適当に間違えて目立たないようにしたのだ。一位になんていらない。
「こんにちは、ヨウ」
鈴のような声がして、爽やかな香りが鼻腔を駆け抜けた。そう、学年一位兼生徒会長サマがお見えになったのだ。
「シノ。テストお疲れ様さま」
笑顔で振り返る。やはり、完璧な美少女がそこにはいた。周囲が少し囁き合っている。そりゃあそうだろう。学年一位というものは目立つ。その上、彼女は噂の生徒会長サマだ。注目されないはずがない。
「ヨウもお疲れ様です。でもちょっと手を抜きすぎではありませんか? ヨウがランキング外なんて、信じられません。わざと間違った解答をしたでしょう? そうじゃないとありえないですし。折角ヨウと肩を並べられたと思ったのに」
――あれ?
シノに感じた違和感。どうして、こんなに饒舌なのだろうか。シノという少女はこんなに捲し立てることなんてなかったはずなのに。
五百点を取れて、一位を取れてテンションが上がっているのだろうか。でも自分の点数は前から分かっていたはずだし、シノはそんなことで興奮するような少女ではなかったはず。
それでも確かにシノの頬は紅潮しており、何らかの気持ちが昂っているのかもしれない。
「……ねえシノ、ちょっと外行こう?」
「ええ、喜んで」
どこまでも透き通った笑み。周囲がざわめく。その笑顔も計算ずくなら、空恐ろしい話だ。ヨウが女でよかった。男なら一発でもう彼氏認定されてしまっていた。そして脅迫状が届くまでがお約束だろう。
ヨウは賢いからわかってしまうのだ。ううん、天才をここに使いたくはなかったかもしれない。
時折、本物のバカになりたい、なんて思うことがある。それの成れの果てに行きついたのが、クラゲなのかもしれない。だから、クラゲが好き。なんて歪んでいる。
♢
この辺でいいかな、なんていつもの渡り廊下で止まる。やっぱりここは静かで落ち着く。周囲の喧騒が遠い。そんな中シノの澄んだ声が響く。
「改めてテストお疲れ様です、ヨウ。でも、やっぱり手を抜きすぎではないですか?」
確かに手は抜いたし、わざと間違えた解答をした。五百点をとったとしても、変に目立ってしまうというデメリットこそあれ、メリットなんてどこにもないのだ。
ここでいくら能力を発揮したとて、どうせ誰も認めてくれないだろう。五百点の先はないから。
「そんなことないよ、ヨウは真面目に受けたよー」
嘘は言っていないはずだ。あくまで真面目に間違えたから。ちゃんと真剣にどの問題を間違えるのかについて悩んだ。だから無駄な時間を使ってしまったような気はする。
なんて、こんなことは言わないけれど。
「それよりシノ、五百点てすごいねー」
さらりと言ってみると、シノはすこしむっとした表情をする。珍しい。
「ヨウと肩を並べたかったから頑張ったのに。酷いですね」
しくしく、なんて涙を拭う仕草をして見せる。無論、彼女の目から涙は一滴もでていない。
「えー、一位が取れてよかったじゃん。前回のは、きっと先生の採点ミスだよ」
「違うんですよ、ヨウ。一位が取れて嬉しいなんて、違うんです。それだけのために私はここまで完璧に点数を取りませんよ」
「じゃあ、どうして」
「それを言わせるんですか?」
シノは笑う。困ったように眉を下げて、どこか悲しそうに。ふいっと横を向いてしまったからその表情は見えなくなる。シノはそのまま自然な動作で手摺にもたれかかった。いつぞやも見た、完璧な構図。夏特有の生ぬるい風が吹き抜ける。
そんな中、シノはぽつりと言葉を置いてゆく。
「今、私のライバルはヨウだけなんです。でも、私ではヨウを超えることは出来ない。だって、私は勉学にそこまで懸けることが出来ないから。……ならば、同じ満点を取って見せようと思ったんですよ。なのに、この仕打ちはひどいんじゃないですか。不戦勝は一番つまらないです」
そんなシノの発言にひどく驚いた。
「ライバルだなんて、そんな大仰な。シノはヨウのことを買いかぶりすぎだって」
一つ判ったことがある。思ったより、この少女は負けず嫌いで、勝負好きだ。前から本人が宣言していたような気がするが、よもやこれほどだとは思わなかった。
期末テストでそれを再確認した。
あんな綺麗な顔の下にこんな熱い感情を持っているなんて誰が想像できただろうか。少なくともヨウには無理だった。
人は見た目によらないものだ。この言葉は知っていたけれど、経験するの初めてだった。百聞は一見に如かず、やっぱり経験しないと。
「まあ、ヨウにも理由があったんでしょう。それに、ヨウと肩を並べるのは百年早いのかもしれませんね」
そう言って肩を落とす。その表情は後ろを向いてしまっていてよく見えなかった。違和感。貼り出しの前でも感じた違和感と同じ。
「――シノ、どうかした?」
そういってシノの傍に寄る。そして、そのままそっと肩に手を伸ばす。
シノは後ろを向いているから、その表情を知りたいと思ったのだ。溢れんばかりの違和感が心の中で存在を主張している。
指先まで、あと1センチ未満。
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