第19話




「わたしの存在が国家機密とか言ってましたよね? それが原因なんでしょう!?」

「と、言いますと?」


 姿勢を戻し、それどころかソファに背を預けて余裕綽々の態度でシークが人の悪い笑みを浮かべている。セレスは負けじと気持ちを奮い立たせた。


「だから、わたしが変な人に狙われないようにとか……着いていかないようにとか……傍で、見張りやすいようにいっそ結婚とかそんな風にするのが手っとり早いなってこと!」

「聖女サマ普段は話の裏とか読まないのに、今回に限って疑り深いのなんなんです?」

「……それだけあなたの話が胡散臭いってことですよ……!」

「そりゃ違いない」


 はは、と軽く声を出して笑った後、シークは足を組んでセレスを見据える。ううん不遜な態度、とセレスは対抗する様に自分もゆっくりとソファに背凭れた。


「すでにお察しかとは思いますけど、まあ不正解ですよね。でもいいですよ、それでも」


 そんな余裕ぶった態度も秒で吹き飛ばされるが。


「なにが……?」

「貴女が言う様な事はこれっぽっちも無いんですが、そういう理由を付けた方が納得できるってんなら、今はそれでもいいですよって」

「もう少しはっきり」

「どんな理由であれ、貴女が俺の所に来てくれるならそれで構いませんって言ってるんです。俺はどんな手段を使おうと、貴女が欲しいので」


 ひぁっ、とセレスの口から奇声が漏れる。シークはそんなセレスをここぞとばかりに追い込み始めた。


「最終的に俺の気持ちを分かって貰えればいいので。それが伝わる様頑張りますし」


 余裕の姿勢を崩さないまま、シークから飛んでくる想いの圧が凄まじい。セレスは全身真っ赤に染めてプルプルと震え出す。


「そのテの理由がいいって言うならもう一つあるんですけど、どうします?」

「え……どうしますって……どうもしませんが……?」


 まあそう言わずに、と提示された理由にセレスは一瞬気が遠くなる。


「今回の件で昇進しまして、栄えある王国騎士団の副団長に任命されました。で、その褒美として、貴女を娶らせて欲しいと国王に願い出たんです」

「わーっっっ!! なんてこと言ってるんですかーっっっっ!?」

「でもまあ流石に王命だとあまりにも貴女に拒否権がなさ過ぎるので、そこは貴女を口説く許可をくださいって事に変更しました」


 そして、その許可を見事に得たのでこうしてセレスを口説いているのだとシークは笑う。

セレスにとっては全く笑い事では無いけれど。


「それってつまりは王命にしようと思えばできるっていう脅しなのでは……!?」

「まあそうとも取れますよね」

「他人事みたいに言う!」

「自発的に俺の所に来るのと、国家機密の保持の為だと勘違いして来るのと、王命、の三択ですがどれにします? 俺としては一番目をお薦めしますし、俺の希望でもありますが」

「それ選択肢があるって言えます!?」

「聖女サマ的にも一択だと俺も嬉しいです」


 本当に全てが筒抜けだ。セレスは眉間の皺を深く呻き声を上げる。

 いや、ここで片意地を張る必要はない。むしろこの勢いに乗った方が自分としてもありがたいとは思う。とてもじゃないが素直に自分の気持ちを伝えるには、あまりにもセレスは混乱と羞恥とあとやっぱり意地が出てしまう。


 これまで散々言い合っていたのだ、正直に答えるのはとにもかくにも悔しい。


 王命にだってできますよ、という態を示してはいるが本人にその意思が無いのは流石に分かる。天才の閃き、と浮かんだ理由も彼の言う通り甚だしい勘違いだと自分でも思う。

 せっかくシークが褒めてくれた素直で裏表が無いと言う性格も、今は真逆でちっとも素直になれない。しかし、その素直になれないという事がつまりはどういう事なのか。それが見事に彼に伝わっているし、意味も理解されている。


「即答で拒絶の言葉が出てこない時点で答えてる様なもんですよね」

「自惚れ屋!!」

「違うんですか?」

「ち……がわ、ない、ですけどおおおおっ!!」


 本来なら甘ったるい空気を醸し出すはずだろうに、室内に満ちるのはセレスの心底悔しがる声だ。


「なんだろう……なんだろうこの……どうしようもなく負けた感じ!」

「聖女サマ負けず嫌いだもんなあ」

「そんなことありません!!」

「あれだけポンポン言い返しといて何言ってんですか。自分に悪意しか持ってないヤツにまで喧嘩ふっかけるし。これを負けず嫌いと言わずして何と?」


 いっそ威嚇しそうな勢いでセレスは唇を噛み締める。その姿は完全に手負いの獣だ。もっともシークの目には、野生の小動物が餌を抱き込んだまま毛を逆立てている様にしか写っていない。


「馬鹿にされている気がする……」

「聖女サマ可愛いなあって見てるだけです」

「なんでもかんでも可愛いって言えばいいと思ってませんか!?」

「仕方ないでしょう、何やったって貴女が可愛くて堪らないんですから」


 ひぃ、と掠れた悲鳴を上げるセレスは耳の縁まで赤く染めている。


「俺の良縁を祈ってくださいよ聖女サマ」

「……そうすると縁がまず切れますけど」

「それはもう切れてますので」


 ん? とセレスは赤い顔のままでシークを迂闊にも見てしまう。


「貴女に想いを告げられない立場とは縁切りができましたからね。後は俺が欲して止まない人との縁が結ばれる様、どうか祈ってください。もちろん、俺自身の努力によるものでしょうから、そこは全力で分からせます」

「最後! 最後が不穏!!」

「気のせいです」


 断言されてこんなにも不穏な気配が増す事があるのだろうか。セレスは感情の起伏の高低差にほとほと疲れてしまう。動いてもいないのに、すでに全力疾走した後の様な疲労感だ。


「……本当に良縁を祈っていいんですか?」

「是非ともお願いします」

「結ばれたら最後、切りたいと思っても切れませんよ?」


 シークは背を起こし、改めてしっかりとセレスに向き合う。


「そもそも俺が渇望して結んで貰うんです、切りたいとは思いませんし、切らせません」


 ううう、とセレスは短く呻き声を上げ、やや間を空けて小さく祈りの言葉を捧げる。


「――あなたに、素敵なご縁がありますように」






 こうして、縁切り聖女による縁結びはこれまでで一番の効力を発揮して二人に良縁をもたらし、その名をいつまでも語り継がれる事となった。






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縁切り聖女と呼ばれていますが、わたしの使命は縁結びです! 新高 @ysgrnasi

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