『改造された私』
小田舵木
『改造された私』
体が脳を規定するのか?はたまた脳が体を規定するのか?
私は前者だと思う。
何故か?
私の体は至るところに改造が
私のお父さんは人体改造マニアで。
自分の体を改造するのに飽き足らず、私の体に手をだした…肉体改造的に。
私の体のパーツはどんどんと機械に置き換えられ。今や
「…寝てる間に
「済まん、良いパーツが入ったから―腕を
「まーた私の体を減らして」
「俺と同じようにフル
「脳だけは
「そこまでは俺の腕がおっつかねえ」腕さえあればやる気なのだ、このおっさんは。
「あーあ。これで私はほぼ機械か」
「めでたい話さ」
「めでたくない!嫁入り前の体なのに」
「健康な身があっての結婚生活だろう?」
「…健康な
「そんな古い考えに縛られるなよ」
「普通は私が言う台詞…」なんて言いながら食べるご飯も、機械はキチンと処理をしてくれ、はっきり言って生体の頃とは違いがなく。
「で?この腕には何の機能が?」私は右腕をさすりながら問う。
「ん?美味いメシを作る機能だ」それまた曖昧な機能をつけたな。
「今日の朝ご飯美味しい?」メニューはシンプル。ご飯と目玉焼き、それに味噌汁。
「パーツのお陰で美味い!!」いや、それ
「変なパーツつけないでよねえ」
「今度はもっと良いの買ってくる…」
◆
俺と娘は―病に侵されており。
その病気は―体を
だから俺は…生体を捨てつつあるのだが。
娘にはその事を話していない。
こんな事実を知ってどうする?
お前は―いつか体を無くす。脳だって例外じゃない。
こんな事実を17になったばかりの彼女に知らせるのは忍びなく。
…俺だって。そろそろヤバい。
脳は機械化しようがない、と言うか機械化してしまえばアイデンティティに
今日の科学においてさえ、脳の機能を外部に再現する
つまり、有りものの脳で我慢するしかない。
しかし病は時を待たず。俺の体をじわじわと蝕み。
後少しで―脳に病が侵されて。視覚と運動能力あたりから無くすだろう。
まあ?俺の場合、娘さえ考慮しなければ、人生
そう、娘が無事に生きれるようになれさえすれば、俺は何時死んだっていいのだ。
…親の
いや、知らせてはならないのだが。
いかんせん残された時間は少ない。
はてさて、どうしたものか?
◆
機械の体を持つのはいかなる気持ちか?
実は―普通の人と特に変わらない…と思う。
風だって生体の頃と同じように感じ。
春風に身をくすぐられ。
それをパーツたちが感じ取って。脳にその感触を伝え。
私は生体の頃となんの変わりもないのだけど。
「おおい
「
「また…改造されたのお父さんに?」なんて彼女は問う。
「見た目で分かっちゃう?」そんなに違和感のあるパーツだろうか?
「いや、どっちかって言うと顔ね」
「ああ。うんざりした顔してたか」
「そそ。いやあ、またされちゃったかあ」
「寝てる内にするのは反則だよお」
「ね。抵抗しようがないじゃんね?」
「ま、抵抗する気もないんだけどさ」特に害がないから。
「ええ?嫌じゃない?仮にも私達は17の乙女な訳で」
「別にぃ?と言うか慣れすぎたんだな」昔の生体が多かった頃は嫌だった、確かに。でも
「慣れるの、どーかと思うよ?」彼女はこの時代において肉体改造をしない派の
「やってみれば、分かるけど、ただの入れ換えなんだよ」
「自己由来のパーツじゃなくても?」
「
「…そこまで割り切れんね」
「ま、そこは個人の自由だからね」
「で?新機能は?」静ちゃんは聞いてきて。
「料理を上手く作る機能…」
「そらまた曖昧な」
◆
私のようなほぼ機械の人間でも恋はする。
今日も彼はかっこよくて。その横顔を盗み見て。
…体が機械まみれの私ってどうなんだろう?魅力はあるのだろうか?
彼もまた、
そこそこの結果をスポーツでだしている彼は―現役である限り肉体を機械に置き換えないだろうな。
そして。それは私と彼を隔てる壁になるのだろうか?
なるような気がしているから気にしている。
肉体改造する者を差別することは原則ないのが―今の社会だが。
それはお題目というものだ。じゃなきゃ
私は急進主義な父親に巻き込まれる形で機械の体になってしまい。
その是非を判断する前に機械人間派になってしまい。
仕方のないことだったかも知れないが―生体を懐かしく思わないでもない。
◆
「
「ああ…ごめん。ぼうっとしてた」なんて
「俺なんかをじっと見るなよな?」彼は照れているのかな。
「…いやあ。生体が懐かしくなって」誤魔化しである。嘘は言ってないが。
「そういや、お前はほぼ機械だよなあ」
「お父さんがね、勝手にさ」
「俺は競技の為に
「別に変わらないよ?
「ふぅん?いやあ。俺には理解出来ない世界だ」
「…かもねえ」なんて言ってみても。その言葉に含まれるニュアンスだけは感じ取れて。
「そうやって―自分を減らして、お前はお前なの?」
「脳を入れ換えしない限りは。自己として認識出来る」
「嘘っぱちの体なのに?」
「…それは」否定
「俺は…競技を続ける限り、絶対に体は
「…そっか。頑張ってね?」頑張って言ったのは私だな。
◆
彼との会話の後、私は校舎を飛び出して。
運動場の端にある休憩所にこっそり忍びこんで。
ひとり、パック飲料を飲みながら―泣いた。
一応、顔面
頬を伝って、つけたての腕に
どうして私はこうなったなあ、と思えど。
本当はその由来らしきものを知っている。
私の母は体が
肉体改造が無かった当時は、どうすることも出来ず。
ただ、体が無くなっていくだけで。
3才だった私とお父さんは
お父さんは私が覚えてないって思ってるだろうけど。
「ゴメンね…私のせいで」と言う母の申し訳なさそうな顔が記憶の最後で。
それから数年後。肉体改造の技術が世に
その瞬間お父さんは自分を改造し始めて。それが上手くいくと私に改造を
「こっちの方が絶対いいから…なっ?」そういう彼は何処か必死で。拒むことは出来なかった。
◆
「お父さん?」私は問うて。
「どうかしたかよー?」お父さんは
「どうして、私の体を
「…知りたいか?」目を
「…知っているのかもしれない」
「ま、何時かは気づく話だよな」
「…私の体は。何時まで
「俺よりは保つだろうさ」
「お父さん…」そう、私達の一族は近親婚の成れの
「俺は―もう良いんだけどな。お前はそうはいかないよな」彼は諦めたようにそう言って。
「…生きたいよ」絞り出すように言って。
「なら。お前は―首から上を
「前例のない、脳の
「正直、お前が『お前』を保てる可能性は限りなく低い」お父さんは眉間に手をやりながら言って。
「アイデンティティって何処に宿るんだろうね?」私は問わざるを得ず。
「魂だって
「そうじゃない」
「そうだ…お前の脳の中の電機活動の総和、現象にそれはあるのさ」
「換えられない」
「なんだよなあ…お前が『お前』で居たい限りはな」
「私は―それでも、しなくちゃ。いけないんだよね?」
「俺はそう思う」
「選べないってのは不便だ」なんて私は名残
「選ばせてやれない俺達でごめんな」
「しょうがないよ」
「済まん」
◆
機械の体になっても限界はあって。
病が自分を『自分』たらしめるものを破壊する。
私は『私』が惜しいのか?
…そりゃ惜しいよ。やっぱ。17年の付き合いだもの。
私は産まれてからずっと『私』だった。体が機械になってしまっても。
それは脳が生体のままだったから出来た事で。
これから私は病に侵されながらも『私』でいるか、病を取り払う為に『私』を捨てるか選ばなきゃいけなくて。
こういう時ロマンティストを気取れないのが現代人という病なのだ。
心は―脳の働きの
記憶のバックアップはとれるにしても、その記憶を
私は記憶を保ったまま、『私』じゃなくなる。
今の技術は―脳の機能を、と言うより『私』を物質に還元できない。
それが悔しくて。虚しくて。でも選びようなんてなくて。
生きたければ―死ぬしかないのだ、『私』は。
そして完全な機械
この瞬間、今を生きる私は『私』でしかなくて。
それがどれだけの奇跡かを噛みしめるには、今の状況が必要だった。
部屋の窓から見る夕方。
その
少し濁った赤だなあ、と思うのだけど、それが私が『私』で無くなった時にどう感じられるかは分からない。
私はこの光の
脳が機械に置き換わった時、私はこの茜色をどう感じるのだろう?
同じ茜色である保証は何処にもない…
◆
俺の病気の進行を考えれば。
もう余裕なんてないのだ。
病魔は
選ばせてやれないのだ、俺は。否応なしに、アレを実行する。
脳の換装。そいつをやらない限り、アイツには人生が
記憶のバックアップは
後は俺の覚悟が問われるのみなのかも知れない。
俺だって。好きでアイツの『アイツ』をどうにかしようって訳ではない。
17年の付き合いだ。それが急に変わってみろ。俺だって驚くし、アイツだって気が進まないに違いないのだが。
親は望んでしまうのだ。
1年でも長く、1日でも長く、1時間でも長く、1分でも早く、1秒でも長く。アイツが生きる事を。
じゃないと、報われないような気がして。
でも、アイツから大切な何かを奪うのも分かっていて。
どうして、こう選べなないのか?
他の医者に任せるなんてもってのほか。俺が―彼女に最善を尽くしてやれるはずなのだが。
その最善は最大幸福などではなく。
何かを失う事を彼女に強いて、何かを選びとることを彼女に強いる。
そんな残酷な真似を親
…いや親だからこそ。自ら手を汚さなければいけなくて。
後はアイツの覚悟
先に俺が脳を換装して見せてやっても良いが。その時に何が失われるか分からない。その時に今の技術を失ってしまっては―どうしようもなくて。
子に先を行かせる不幸。
情けない父親ぶりに涙が出てきやがる。
◆
ねえ。過去さえあれば『自分』だって、
私はね。思えない。
でも。私は選びようがなかったんだ。
だから脳を換装したよ。生きるためにね。
そうして、今やオリジナルの生体パーツはゼロになり。
完全な機械に成ってしまったけど―とりあえず私、
でも。17年を過ごした『私』は…死んだよ。あの日に。改造を
それを恨んでなんかいない。そうするしかなかったもの。
「
「おはよ、静ちゃん」なんて返事をする私は1週間前の私と連続性はなくて。
「最近、変わったよね、蔵ちゃんは」静ちゃんはなんとはなしに言ったんだと思う。
「そ?最近はパーツの取っ換えはしてないよ」なんて言うけれど。この調子じゃ一生気付いてはもらえないだろうな。『私の死』に。
「ホントかなあ」なんて彼女は疑うけど。
「ホントだよ」嘘なんだけどさ。
教室。
青白い光に包まれたその空間に、私の想いびとだった人は居て。
その顔に関する記憶は在るけどさ、胸がドキドキしたりもするけどさ。
もう、彼に『ときめく』なんて事はなくて。
そこにも『私の死』は在って。
あっと言う間に学校は終わって。
気がつけば教室は
その血を
思うのだ。『死んだ私』はこの茜色をどう感じていたか?
その答えは―生体の脳と共に消え去って。
もう二度と戻ってこない。
◆
『改造された私』 小田舵木 @odakajiki
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