【20】そして、終わりの始まりへ
「……で、最後はサマラだけど」
ティナが切り出す。すると、部屋の扉が開き、ガブリエラが戻って来る。
サマラは「えーっと、わ、私も話さなきゃ、ダメ?」と言って、他の三人を見回す。
すると、ガブリエラが自らのベッドに腰をおろしながら言った。
「……まあ、何もない田舎で、なに不自由なく育ったお前には、恐ろしい体験をした事なんかないんだろうな」
ティナが鼻を鳴らして言葉を続ける。
「羨ましいわよねー、あんたは。努力しなくても、生まれたときから聖女様なんだから」
サマラは二人の辛辣な言葉に戸惑いを隠せない様子だった。
「あ、あの、私……」と何かを言い掛けたが、ベッドから立ち上がったミルフィナが溜め息を吐いた。
「もう寝ましょ。流石に眠たくなってきたわ」
「そうね」
と、ティナが賛同し、ガブリエラは大きなあくびをした。
ミルフィナが燭台の蝋燭を消そうとする。その瞬間だった。
「わ、私にだってあるもん!」
一際、大きなサマラの声が室内に響き渡る。他の三人は目を丸くして彼女の方へと視線を集めた。
すると、サマラが語り始める。
「……ナガン山地で、
更に彼女は語る。
「……ブラウン水路で、ローパーの触手に捕まって船から落ちたガブリエラがなかなか水中から顔を見せなかったとき、すっごく心配だった」
「はっ。あれがどうした? 特に何て事なかっただろうに」
ガブリエラは
「……火龍卿の古城で、ミルフィナがマグマの落とし穴に落ちそうになったときは、本当に怖かった」
「あー、あれはウチのミスだし……」と、ミルフィナは恥ずかしそうに頭を掻いた。
目に涙を溜めながら、サマラは言葉を吐き出し続ける。
「……それに、ナッシュだって、そう。出会ったばかりの頃、私のために、恐ろしいトロールと戦ってくれた。今日だって、一人で敵の中に突っ込んでいって、あのドラゴンのボスを倒してくれた。ナッシュは強いから大丈夫だけど、いつも私は心配になる」
そう言って、サマラは溢れそうな涙を擦り、三人の方を見た。
「私は“清らかな聖女”だから、どんな怪我でも病気でも治せる。でも、死んだ人までは生き返せない。だから、私は怖いの。ナッシュや、ここにいるみんなが死んでしまう事が……ううん、違う。ここにいるみんなだけじゃない。誰かが私の手の届かないうちに死んでしまうのが本当に怖い……怖いの……」
そう言って、サマラは声をあげて泣き始める。
ティナは「ふん」と、鼻を鳴らしてサマラに背を向けながら呟いた。
「……だから、あんたって嫌いなのよ」
「……他人の死が怖いか。ますます解らんな。だが、お前に幾度となく助けられてきた事も事実だ」
「……いつも、ありかとね。サマラ」
そのミルフィナの言葉に、サマラは涙をぬぐいながら満面の笑顔を返した。
……こうして、勇者パーティの美少女たちによる、ディオダディ砦の恐怖談義は幕を閉じる事となった。
◇ ◇ ◇
その日の昼過ぎだった。
ディオダディ砦の城門前には、旅立つ勇者パーティたちを見送るたくさんの人で溢れ帰っていた。
「……また、旅が終わったときは、もう一度、お立ちよりください」
そう言って、勇者ナッシュの右手を握るのは、ジル・コーラルという、
「ああ。気が向いたらな」
と、言って手を放そうとするナッシュだったが、ジルの右手に力が入る。
「……絶対、絶対に、また会いに来てくださいね。私、忘れませんから」
「あ、ああ……」
ナッシュは引きつった笑みを浮かべて、強引にジルの手をほどいた。すると、彼女はまるでうら若き乙女のような顔で静かにうつむいて、ナッシュの手を握っていた自らの手を胸元に置いた。
ナッシュは何かを誤魔化すかのように「おほん」と咳払いをして、仲間の方に向き直る。
「それじゃあ、行こうぜ」
ティナが、ガブリエラが、ミルフィナが、サマラが頷いた。
ジルと見送りに集まった人々に別れの挨拶をして、五人は馬車に乗り込む。
御者台にはガブリエラとミルフィナ。そして、籠の後部座席にはナッシュとティナが座り、その向かいにサマラが独りで座った。
じきに馬車は走り出して、砦の城門から伸びた道を進む。
そうして、ずいぶんと離れた頃、ナッシュがふわりと欠伸をした。それを見たティナがクスリと笑う。
「……なんなら出発は明日で良かったのに。朝までやってたんでしょ? 会議」
「あ、ああ。そうだ。朝までやってしまった」
ナッシュが部屋に帰って来たのは三人が眠りに落ちてからだった。
「まあ、それはいいとして……昨日はジルさんから気になる情報をもらった」
「どんな?」
サマラが話を促す。
「この国の北東で、あのボーグワイが暗躍しているらしい。国境沿いの山間にある古代遺跡でやつが目撃されたそうだ」
「はっ。ボーグワイとは因縁がある。ちょうどいい」
ガブリエラが勇ましい笑みを浮かべる。
「じゃあ、次は北東?」
御者台の窓の向こうから聞こえてきたミルフィナの言葉にナッシュは「そうだ。北東だ」と言った。
「よしきた」
ガブリエラが返事をする。
「取り敢えずは国境を越えて、ベルフリンクルへ向かう」
ナッシュが勇ましい顔で言い放つ。
このあと一行は死霊術師”ボーグワイを見事に打ち倒し、アンルーヘの黒猫亭という宿屋で一晩を過ごす事となった。
終わり
勇者のいない夜に ~ディオダディ砦の恐怖談義~ 谷尾銀 @TanioGin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます