【19】語られなかった真相


「……それから、私はゾイルの持ってきたコヨーテの生肉と生き血を持って歩き出した。半日ほどで遠くに見えていた丘陵に辿り着いた。その斜面を登ると途端に潮の匂いが鼻をつき、丘陵を下った先に海辺と、港町が見えた」

「じゃあ……」

 と、サマラが目に涙を溜めながら言った。ガブリエラは深々と頷く。

「あと、もう少しだったんだ」

 そう言ってから、話を結びに掛かった。

「……まあ、そんな訳で、もう語る事はそれほどない。私は町の入り口で倒れ、そこから一週間の記憶がない。目を覚ますと、見知らぬ天井と見知った仲間たちの顔が自分を覗き込んでいた。どうやら、私は町の衛兵によって、仲間たちが身を寄せる教会へと運びこまれたらしい。回復魔法は掛けたけど、身体が弱り切っており危険な状態だったのだとか。あのときは泣いたよ。これで、また戦える。戦に勝てはしなかったけど負けはしなかったって……」

「敗北への恐怖……というより、勝利への執着が凄いわね」

 ティナが呆れた様子で言った。

 すると、ガブリエラはベッドから起き上がり、不敵な笑みを浮かべて室内を見渡した。

「……この一件から、私はますます負ける事が怖くなった。だから、お前たちにも絶対に負けはしない」

 それが何の事を言っているのか、他の三人は瞬時に悟った。

 ティナは「はん」と鼻を鳴らして、挑発的な笑みを浮かべる。

「挑むところよ。ナッシュの一番はアタシなんだから!」

 ミルフィナは決意を込めた眼差しで「ウチだって」と言った。

 そこで、ガブリエラの表情が彼女には似つかわしくない陰りを帯びた。

「お前らが手強い相手である事は解っている……しかし、私にはナッシュの心を射止めるためなら、何だってできる覚悟がある。あの地獄のような敗戦に比べれば、好きな人のために尽くす事ぐらい、どうという事はないからな」

 そして、ガブリエラが部屋の扉口へと向って振り返る。その顔は、いつもの彼女に戻っていた。

「……少し喋り過ぎて喉が乾いた。水を飲んでくる」

 そう言って、部屋を後にした。


 ◇ ◇ ◇


 ゾイルは、ある瞬間・・・・まで・・スレイルに感謝していた。

 あの『死の迷宮』を彷徨ったときの事。

 あのときも、帰路を落盤で塞がれ食料が尽き掛けた。パーティメンバーは命を落とし、彼とスレイルと、その兄のスミスだけになった。三人は他の出口を求めて迷宮の中を彷徨う事となった。

 その最中、今回と同じように、治療手段のない状況で不死族アンデッドたちに囲まれて戦闘になる。

 この戦いでスミスが大怪我を負ってまともに動けなくなった。彼はしきりに『もう自分は足手まといだから置いていって欲しい』と懇願し始めた。

 しかし、ゾイルは頑として首を縦に振ろうとしなかった。必ず三人で日の光を見ようと 彼を励ました。

 しかし、次の日、スミスの姿は消えていた。

 そのあと、すぐの事だった。

 スミスが消えて冷静さを失ったゾイルは、陰険なトラップに引っ掛かり、両足を骨折した。

 すでに食料も尽きて、状況は絶望的だった。

 そんなとき、スレイルが腐れる寸前の暴れ猪ワイルドボアの肉を見つけてきた。どうやら迷宮に迷い込み、そのままトラップに掛かって死んだらしい。


 ◇ ◇ ◇


 スレイルはゾイルからコヨーテの肉を受け取った。

 彼はコヨーテの肉など、生まれてから一度も食べた事がなかった。しかし、一口食べたときだった。その独特の臭み・・・・・・・に覚えがあった・・・・・・・

「ああ……そうか……」

 あの『死の迷宮』で食べた肉の味だ。

 ゾイルには暴れ猪ワイルドボアだと偽って食べさせた、兄の味だ・・・・

 何かの勘違いだろうと思って、もう一口食べた。やはり、それは人肉の味だった。

 その結論を否定したくて、スレイルは肉を貪り続けたが、あのとき食べた懐かしい味に変わりなかった。

 きっと、コヨーテの遠吠えが聞こえたなんていうのは嘘だったのだ。彼は東に向かう振りをして、暗闇の中、北へと戻った。

 そこで、コヨーテの肉の代わりにゾックの肉をさばいて持ってきたのだ。

 ふと、ゾイルの方を見ると、彼がこちらを凄まじい形相で睨んでいた。

 彼も気がついたのだろう。

 あのとき、自分が食べた肉が敬愛していたスミスのものだったという事を。そして、疑っているに違いない。今目の前で瀕死の淵に立たされている男が、生き残るために死にかけの兄を犠牲にしたのだと……。

 確かにスレイルは兄の肉を暴れ猪ワイルドボアの肉だと偽り、彼に食べさせた。しかし、兄が勝手に姿を消して、自ら命を絶ったというのが真実であった。

「……あのときと・・・・・同じじゃねえか・・・・・・・!」

 ゾイルがメイスを持って立ち上がる。

 スレイルは誤解を解こうとはしなかった。どうせ、もう同じ事だ。この瞬間、彼は生存を諦めて、目前に迫った死に対して敗北を受け入れた。

「ああ……糞……まったく同じだ」

 その言葉の直後、ゾイルのメイスが彼の頭を粉々に割り、血肉と脳漿のうしょうを乾いた地面の上に撒き散らせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る