独白(2)

「……雨宮に僕達の関係が知られたと知った時は、さすがに僕も動揺しました」


 藍沢が小さくため息をついた。


「佳純は僕に駆け落ちを持ちかけましたが、僕はそれに乗る気にはなれなかった。もちろん佳純のことは愛していましたが、学のない男と、世間知らずの女が二人で生活をしていくのは現実的ではないと考えたんです。このまま秘書の仕事を続けていれば、いつか雨宮も僕を認めてくれるのではないか……そんな甘い考えもありました。

 でも、佳純の方は僕に裏切られたように感じたのでしょうね。佳純の日記を読みましたが、彼女があれほど追い詰められていたなんて、僕はまるで知らなかった……」


 藍沢は額に手を当ててゆるゆるとかぶりを振った。自分のせいで最愛の人を失い、後悔してもしきれないのだろう。


「……僕が雨宮への復讐を考え始めたのは、そんな時でした」藍沢が表情に影を落とした。


「あの男は生きていても害悪にしかならない。佳純のような悲劇を繰り返さないためにも、この手で抹殺するしかない……。そう考えました。だから彼の下に留まり、秘書の仕事を続けることにしたんです。雨宮と二人きりになるたび、首を絞めたくなる衝動を抑えなければいけませんでしたけどね……」


「じゃあ、五年前の交通事故はやっぱり?」木場がおずおずと尋ねた。


「はい。雨宮を道連れにして死ぬつもりでした。事前に睡眠薬を飲み、三十分ほど経ったところで効き目が現れて、僕は運転席で眠り込みました。雨宮は助手席で安心しきって眠っていましたよ」


 藍沢が嘲るように笑ったが、すぐにまた苦々しげな表情になった。


「でも……僕の復讐は果たせなかった。雨宮は奇跡的に生還し、僕も一命を取り留めました。ちょうど僕の手術が終わった頃、会社の人間が病院に来て、雨宮が僕を解雇したことを知らされました。

 悔しかったですよ……。雨宮は下半身不随になりながらものうのうと生き永らえ、これからも家族を蝕み続けるに決まっている。それなのに、僕はもう彼に近づくことすらできないんです」藍沢が憂わしげにため息をついた。


「それから半年ほどして退院し、僕は前に住んでいたマンションを引き払いました。そこは家賃が高くて、無職の人間が住めるような場所ではなかったんです。

 しばらくは知り合いの家に身を寄せ、工場勤務などをしていました。雨宮と離れていれば、彼への憎しみも消えるかと思いましたが、彼が今もあの屋敷で幅を利かせているのだと思うと、むしろ憎悪は募る一方でした」


 藍沢が再び顔を歪めた。松田の話によれば、佳純の死後、宗一郎は家族に少しだけ自由を許すようになったと言う。しかし、藍沢が交通事故を起こしたために、屋敷に戻った宗一郎は再び家族を束縛するようになった。その皮肉な結末は、藍沢に宗一郎への憎悪を増幅させると同時に、自身への憎悪も掻き抱かせていたのではないだろうか。

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