終章 ―霧の向こうに―
独白(1)
その後、ガマ警部が署に連絡を入れ、藍沢誠二の逮捕の件を伝えた。捜査本部は、まさか本当に木場達が真犯人を見つけるとは思っていなかったのか、連絡を受けて明らかに色めき立った様子だった。霧香の送検は止められ、釈放に向けて手続きが取られることになった。
当初はガマ警部と木場の二人だけで藍沢を護送するつもりだったが、追加で人員が派遣されることが決定され、木場達は屋敷で応援の到着を待つことになった。護送中に逃亡されることを恐れたのだろう。
捜査員の到着を待つ間、藍沢は手錠をかけられ、階段の欄干に繋がれていた。藍沢はとうに観念しているのか、特に暴れる様子も見せず、大人しく椅子に座っていた。到着まで時間がかかりそうだったので、事件に至るまでのあらましを藍沢から聞くことになった。
「……あの男の秘書になって間もなく、僕は彼がどれほど腐った人間かを知りました」
藍沢はそう語り始めた。彼が座る椅子の前に木場とガマ警部が立ち、その後ろに屋敷の住民が立っている。誰も口を開こうとせず、緊張した面持ちで藍沢を見つめている。
「あの男は、周りの人間から養分を吸い取って生き永らえている毒花のようなものだ。彼が自慢げに、屋敷に囲い込んでいる家族の話をするたび、反吐が出そうになりましたよ……」藍沢は顔を歪めて言った。
「できることなら、僕はあんな人間とは関わり合いになりたくなかった。でも、秘書の仕事は割がよかったし、僕の学歴では他にいい仕事は望めない。だから雨宮に気に入られるように努力しました。
幸か不幸か、雨宮も僕を気に入ったようで、僕は彼の主催するパーティーに招かれるようになりました。そこで佳純と出会ったんですが、驚きましたよ。世の中に、これほど美しい女性がいるのかということにね……。
ですが、佳純もやはり雨宮に捕らわれていた。佳純は僕に会うたび、父親の手の届かない場所へ連れて行ってほしいと頼んでいました。でも、僕はすぐには決心できなかった。秘書の仕事を失えば、生活に苦労することは目に見えていました。
だけど僕は佳純を愛していた。だから約束したんです。いつか必ず、君を屋敷から連れ出してみせると……。その誓いとして、僕は彼女にあの指輪を贈ったんです」
「『K.A』のイニシャルが彫られたあの指輪ですね?」木場が確認した。
「そうです。でも、あのイニシャルの意味は『雨宮』じゃありませんよ。彼女は雨宮の屋敷から解放されたがっていた。あれは『藍沢』の『A』なんです」
そうか、だから佳純は、日記の署名に『藍沢』の名を使ったのか……。ようやくあの署名の意味が腑に落ちた。
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