自供

 痛いほどの静寂がロビーを包み込んだ。家人も使用人も、誰もが茫然自失として、岩井をまっすぐに見据える木場と、その前で項垂れる岩井の姿を見つめている。


 それはまるで、長い舞台を見ているかのようだった。論証に次ぐ論証。次々と明かされる驚愕の真実。反証。そして絶体絶命の状況からの逆転。息もつかせぬその攻防は、終わった後もなお冷めやらぬ興奮と熱気を残していた。


 その時、誰かがふっと息を漏らすのが聞こえ、住民は辺りを見回した。


 声の主はすぐにわかった。岩井が絨毯から顔を上げ、口元を緩めていた。


「さすがですね……。刑事さん」


 岩井はそう言って帽子に手をやると、そっとそれを取り払った。短く切り揃えられた頭髪が露わになる。髪型や顔立ちは変わっていても、その澄んだ瞳はやはり昔のままだった。


「僕の正体は誰にも見破られないと思っていたのに……こうまで全て明らかにされてしまうなんて……。あなたのことを見くびっていたのかもしれません」


 岩井――いや、藍沢は眉を下げて笑った。その儚げな微笑みは、あの免許証に写った美しい男の姿を彷彿とさせた。


「……あなたが、雨宮宗一郎を殺害したんですね?」


 木場が静かに尋ねた。藍沢は笑みを浮かべたまま視線を落とすと、ゆっくりと頷いた。


 その瞬間、安堵と疲労が内側から放出されていくような感覚を木場は味わった。ソファーにへたりこみ、放心したように息をつく。

 例えるならそれは、初めての舞台を終えた役者になったような気分と言えた。岩井の正体を暴いたこと、自分とガマ警部の首の皮が繋がったこと、そして何より、霧香の無実を証明できたこと。その全てが相まって、蓄積された緊張感を解放していく。


 自分が推理小説に出てくる名探偵のように事件を解決へと導いた。それが木場には信じられなかった。自分ではない誰かが身体を乗っ取って、一連の推理を繰り広げたのではないかとさえ思えた。


 だが、それは確かに木場のお手柄だった。ある意味これは、木場にしか解決できない事件だった。

 警察という組織に身を置きながらも、人を疑うよりも信じることを優先する。そんな彼であればこそ、最後まで霧香の無実を信じ、そして真相に辿り着くことができたのだ。


 腕時計を確認すると、時刻は十一時五十八分だった。間一髪のところで、木場は霧香を救い出すことができたのだ。

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