追及(4)

 木場は自分が佳純の部屋に行った時のことを思い出した。部屋の中からかさかさという音がして、てっきり幽霊がいるのかと緊張しながら部屋に入った。

 緑を基調とした部屋で見たものは、窓辺で揺らめく白いカーテンと、埃の積もったピアノやテーブル――。


「……あっ!」


 木場は思わず声を上げた。その事実は、天啓ともいえる閃きとなって木場の全身を駆け巡った。心臓の鼓動が速まり、呼吸が小刻みに震え始める。


「……岩井さん、ありがとうございます」


 木場が安堵の息をつきながら言った。岩井が怪訝そうに木場を見返す。


「あなたの指摘がなかったら……自分はきっと、あなたを最後まで追い詰められなかったでしょう。あなたの言葉が、欠けていた最後のピースを埋めてくれたんです」


「……はっきりおっしゃってください。あなたは何のことを言っているのですか?」


 岩井がじれったそうに尋ねてきた。平静を装ってはいるが、その顔に焦燥が滲んでいるのは気のせいではないはずだ。


「あなたは言いましたね。三年前からこの屋敷に勤めている以上、佳純さんの部屋に指紋が残っていても不自然ではないと。でも、それは不可能なんです」


「……どういうことでしょうか?」岩井が声を潜めて尋ねた。


「松田さんの話によれば、佳純さんの部屋の鍵は五年前から紛失していました。それが発見されたのは事件の翌日、警察が被害者の部屋を捜索していた時でした。鍵は抽斗の中にあって、使用人の誰も、そのことには気づきませんでした。

 わかりますか? つまり佳純さんの部屋は、


 岩井がはっと息を呑んだ。彼もようやく、木場が言わんとすることに気づいたようだ。


「鍵が開いたのは事件の翌日、警察が捜索に入った時のことです。鍵は警察が押収し、屋敷の人間があの部屋に出入りすることはできませんでした。

 つまり、五年前に鍵を紛失してから警察が鍵を発見するまで、誰もあの部屋に入ることはできなかった。他の人ならともかく、


 岩井が顎を引いた。ひくひくと痙攣した目元からは、今やはっきりと動揺が見て取れる。


 木場はガマ警部の方を向いた。ガマ警部が無言で頷く。長きにわたった論証も、ついに終わりを迎える時がきたようだ。項垂れる岩井を真正面から見据え、畳みかけるように木場は告げた。


「もし……一ヶ所でもいい。佳純さんの部屋からあなたの指紋が検出されれば、あなたは岩井一匡ではない、別の人物として、三年よりも前にあの部屋に入ったことになります。

 でも、あの部屋に入ることのできる人間は限られている。屋敷の人間以外で、あの部屋に入る機会があった人物……それは彼女の婚約者であった藍沢誠二の他にいません。

 岩井さん……。これでもまだ、あなたと藍沢誠二が同一人物ではないと言えますか?」

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