論証(4)
「待ってください! 話はまだ続きがあります!」
木場が大声で叫んだ。飛び交っていた怒号と喧騒がぴたりと止む。
木場はふうっと息をつくと、今一度住民を見回してから続けた。
「もし、屋敷の内部に藍沢の共犯者がいたとすれば、手紙か電話で連絡を取っていたはずです。でも手紙については、被害者が内容を全てチェックしていましたから、怪しいものがあればすぐに気づいたはずです。
残る手段は電話ですが、屋敷内の周辺では電波が届きませんから、連絡を取るには公衆電話を使うしかありません。となると、外出を制限されていた公子さんや果林ちゃんは共犯者からは除外されます。残るは灰塚先生か、使用人のいずれか……」
「冗談じゃねぇ!」
灰塚が机を叩きつけて怒鳴った。両脇に座る公子と果林がびくりとして肩を上げる。
「俺が藍沢の共犯者だと!? ふざけるのも大概にしやがれってんだ! 俺は藍沢とはパーティーで二、三回会っただけなんだ。何でそんな奴が爺さんを殺す手助けをしなきゃいけねぇんだよ!?」
灰塚が興奮気味にまくし立てた。肩で息をした後、ぎらぎらとした目で木場を睨みつける。その気迫に木場はたじろぎそうになったが、努めて冷静さを保って言った。
「話は最後まで聞いてください。自分は協力者がいるかもしれないと考えましたが、実はその後に、ある重要な証拠が見つかったんです」
「重要な証拠?」公子が眉根を寄せた。
「はい。それは、この事件を頭からひっくり返すような証拠品でした。でもそれによって、藍沢がどうやって被害者の行動パターンを知ったかがわかったんです」
「いやに勿体ぶるじゃねぇか。何だよ? その重要な証拠品ってのは?」灰塚が身を乗り出した。
「指輪ですよ、もちろん。指輪から検出された指紋は、霧香さんとは別の人物の指紋と一致したんです」
「でも、それって佳純お姉ちゃんの指紋じゃないの?」果林が尋ねた。
「指輪は佳純お姉ちゃんのものだったんでしょ? だったらお姉ちゃんの指紋が出るのは当たり前じゃない」
「自分も最初はそう考えた。でも鑑識の話だと、金属の指紋は取れるのが早くて、長くて二、三ヶ月しか持たないらしいんだ。実際、検出されたのは佳純さんの指紋じゃなかった」
「じゃあ、誰の指紋なんだよ? そいつが共犯者なんじゃないのか?」灰塚が苛立ったように尋ねた。
「指輪の指紋は、確かにその人物と藍沢の繋がりを示すものでした」木場は神妙に頷いた。
「でもそれは、その人物が藍沢の共犯者だということを意味しない。むしろ、もっと重要な可能性を示唆していました。それは、藍沢が最初からこの屋敷にいたかもしれないという可能性です」
「何だと!?」
灰塚が仰天して目を剥いた。公子と果林はぽかんと口を開け、傍らに立つ使用人達も、衝撃のあまり言葉もなく立ち尽くしている。
「い……いったいどういうことだ」灰塚が目を白黒させながら尋ねた。
「藍沢が、この屋敷にいる、だと……!? 何を根拠に……」
「つまりこういうことです」木場が気合を入れ直すように背筋を伸ばした。
「指輪からは、屋敷に住むある人物の指紋が検出されました。最初は自分も、その人が藍沢の共犯者かもしれないと考えました。
でもよく考えたら、共犯者の指紋が指輪に付いているのはおかしい。なぜなら指輪は、藍沢が被害者を突き落とした時に落としたはずだからです。共犯者の役割が藍沢に情報を流すことだったとすれば、共犯者が現場に行く必要も、藍沢と直接接触する必要もありません。
なのに、指輪からはその人物の指紋が検出された。これはどういうことか? 考えた結果、ようやく一つの結論が見えてきました」
木場はそこで唾を飲み込んだ。最初にその結論に達した時は自分でも正気を疑った。まさか、あの人が――? だがそう考えると、全ての点と線がぴたりと符合したのも事実だ。行方不明だった藍沢がいかにこの屋敷に戻り、そしていかに身を隠していたか。
「結論はこうです」木場は明瞭な声で言った。「藍沢には、最初から共犯者なんていなかった。その指紋の人物こそが藍沢本人だったんです」
「何だと……!?」
灰塚が大きく仰け反った。もはや誰もが動揺を隠しきれず、ロビーは一瞬にして騒然となった。
「じゃ……じゃあ何か? 藍沢はこの屋敷の中にいるってのか?」灰塚が泡を食ったような顔で尋ねた。
「そうです。もっと言うと、今、ここに集まっている人達の中にいます」
木場がゆっくりと言った。殺人犯が自分達の中にいる。その驚愕の事実を前に、ロビーのざわめきが一際大きくなった。使用人達の顔が青ざめ、警戒するように互いに身を引き始める。
「……いったい、誰が藍沢なんだ?」
灰塚が声を殺して尋ねた。ロビーが一瞬にして静まり返る。今までになく緊張感が高まり、一人一人の息遣いや、唾を飲み込む音までもが聞こえてくる。
「それは……指紋の主本人に語ってもらいましょうか」
木場は静かに言うと、その場にいる全員の顔をゆっくりと見回した。誰もが不安そうな視線を自分に向ける中、一人だけ、冷静な目でこちらを見返す人物と視線が合う。
木場はそこで視線を止めた。白い帽子の下から覗く、青天のように澄んだ瞳。
そうだ、あの目はやはり――。
「あなたが藍沢誠二だったんですね……、
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