論証(3)

 藍沢誠二が、雨宮宗一郎を殺害した――。


 木場のその一言は、まるで青天の霹靂のように人々の鼓膜を貫いた。誰もが目を見開いて顔を見合わせ、驚愕を顔に張りつけたまま木場の方に視線を戻す。


「……ちょっと待て。藍沢が爺さんを殺したって?」


 口を開いたのは灰塚だった。ソファーから立ち上がったまま木場を見下ろす。その体勢で見下されるといつも以上に威圧感があり、木場は思わず首を竦めたが、それでも負けじと言った。


「はい。藍沢は五年前に、交通事故を起こしてクビになりました。それ以来、彼は屋敷に近づいていません。

 それなのに、彼が持っているはずの指輪が被害者の車椅子から見つかった……。つまり藍沢は、被害者が事故に遭ってから屋敷に来たことになります」


「だが、指輪がいつ落とされたかはわからねぇだろう? 爺さんが通ってる病院に藍沢も行ってて、そこで落とした可能性だってある。指輪だけで藍沢が犯人だとは決めつけられねぇんじゃねぇか?」


 灰塚の反論に木場は舌を巻いた。さすがは元予備校講師。見た目はヤクザめいていても頭の回転は速い。木場は顎を引いて頷いた。


「おっしゃる通り、指輪だけでは、藍沢を犯人とは断定できません。そもそも藍沢が犯人と考える場合、被害者の行動パターンをどうやって知ったか、という問題があります。

 被害者は、五年前に下半身不随になってからこの屋敷に移ってきた。霧香さんの話では、夕食後にたびたび外出していたとのことですが、外部の人間である藍沢がその行動を知ることは困難です。

 もし、何らかの方法で被害者の習慣を知ったとしても、傍には必ず霧香さんがいたはずです。三日前、霧香さんが被害者を崖に置き去りにしたのはあくまで偶然だった。藍沢が都合よくその場に居合わせたとは思えません」


「でも、それだとあの人に犯行は不可能じゃありませんこと?」公子が尋ねた。


「はい。ですから自分は、内部に協力者がいて、藍沢に被害者の行動パターンを伝えたのかもしれないと考えました。そうすれば、藍沢が夕食後の時間帯に被害者を待ち伏せすることは可能です。

 また、事件当日は被害者の誕生日でしたから、霧香さんがあの崖でプレゼントを渡すことも屋敷の人間であれば知っていた。もし、車椅子のポケットからプレゼントを抜き取っておけば、霧香さんが屋敷にプレゼントを取りに帰っている間に、被害者を一人にするチャンスが生まれるわけです」


「おい待て、じゃあ何か? あんたは俺達の中に藍沢の共犯者がいるって言いたいのか!?」


 灰塚がいきり立ったように叫んだ。公子がこれ以上不快なことはないと言わんばかりに眉をひそめ、果林がぶんぶんと首を横に振った。松田が小柄な身体をいっそう縮め、岩井が帽子のつばを下げる。使用人達は再びざわつき、互いに疑心暗鬼な視線を交わし始める。

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