論証(5)

 誰もが一瞬、言葉を失った。


 ソファーに座る三人は身を捩って彼の方を振り返り、使用人達はさぁっと彼の傍から身を引いた。だが、そうした反応を示してもなお、その事実が人々の間ですぐに腑に落ちたわけではなかった。


 岩井一匡いわいかずまさの正体は、藍沢誠二あいざわせいじだった。


 それはあまりにも意外な告発だった。岩井一匡。寡黙で朴訥ぼくとつとした運転手。個性の強すぎる住民の中で、唯一の常識人と思えた男。他にいくらでも容疑者がいる中で、いったい誰が彼を犯人だと疑っただろう? その朴訥とした姿は仮面に過ぎず、その内に狂気と復讐の炎を秘めていたなどと、誰が気づくことができただろう?


「……おっしゃっている意味がよくわかりませんね」


 岩井がやおら口を開いた。周囲の使用人が怪物でも眺めるような目で彼を見つめる。


「……藍沢様という方のことは、私はお名前程度しか存じ上げません。なぜ、私がその藍沢様と同一人物だと?」


 岩井が静かな目で木場を見返した。殺人犯だと告発されても動揺は微塵も見られない。


 ここからが正念場だ――。木場は心臓が喉元までせり上がってくる気がしたが、唾と一緒に緊張を呑み下した。岩井を真正面から見つめ、表情を引き締めて続ける。


「疑いを抱いたきっかけは、指輪からあなたの指紋が検出されたことでした。あの指輪が藍沢の所持品であったことは霧香さんの供述から明らかです。だから指輪に残った指紋も、藍沢のものだろうと考えていました。

 ですが、実際に検出されたのはあなたの指紋だった……。

 最初はあなたが藍沢の協力者だったのかもしれないと考えました。あなたは運転手で、外出の機会に恵まれている。他の人が用事を済ませている間に、藍沢に電話をすることもできたはずです。

 でも、あなたが屋敷に来たのは三年前で、五年前に解雇された藍沢とは接点がない。もちろん、隠された接点があった可能性もありますが、署で調べた限りでは、藍沢の関係者の中に岩井一匡という人物は見つかりませんでした。

 では、あなたと藍沢は何の関係もないのか? あなたの指紋が指輪に付いていたのはただの偶然なのか? そう考えた時、さっきの可能性に思い当たったんです。


「ですから、その根拠をお示しください。憶測だけでは、ここにいるどなたも納得されないと思いますよ」


 岩井が穏やかに言った。根拠を示さない限り認めるつもりはないのだろう。冷静沈着な言動は演技ではなかったということだ。

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