佳純の日記(3)

 その隣のページは空白になっていたため、最初は六月十五日の分で日記は終わりなのかと思った。

 だが、ページを一枚捲ると何枚か破られた跡があり、破られたページの先に新しい記述が見えた。前のページとは比べ物にならないほど整然とした字で、ノートの両面にわたってびっしりと書かれている。日付は二週間後になっていた。




『2015年6月30日

 この三日間をどうやって過ごしてきたか、ほとんど覚えていない。物を食べたのか、眠ったのか、それすらわからない。

 だけど、今は不思議と落ち着いた気持ちでいられている。もう誰にも束縛されず、自由になれることがわかっているからだろうか。


 今日のことは誰にも話していない。霧香にだけは話そうかと思ったけれど、下手に知らせてしまったら、あの子は私を止められなかったことを悲しむだろう。だから何も言わないままでおく。


 あの子を一人残していくことは辛い。いつか大人になったら、この屋敷を出て、お互いに素敵な人を見つけて結婚して、お互いの家を行き来しようと約束していたけれど、その約束は果たせそうもない。


 霧香は私の気持ちを理解してくれると思う。あの子が誠二さんに恋をしていることにはとっくに気づいていた。私には一言も言わなかったけれど、顔を見ればわかる。あの子が私よりも早く誠二さんと出会っていたら、今とは違った未来があったのかもしれない。

 でも、どのみち同じことだ。もし霧香が相手だったとしても、お父様は誠二さんとの交際を許さなかっただろう。それであの子が不幸になるくらいなら、私一人が苦しむこの結末の方がよかったのだ。


 六年間の想いをしたためてきた日記とも今日でお別れだ。私の幸せだった日々の記憶。だけど今となっては、それはもう消え去った過去でしかない。いっそ破って捨ててしまおうかとも思ったけれど、できなかった。

 自分でも情けないと思うけれど、私は今でもあの人を忘れられずにいる。あの人の心はもう、私のところにはないとわかっているのに、それでもあの人を愛せずにはいられない。

 文末の署名はその証。いつかあの人がこの日記を見ることがあれば、私がどれだけ本気だったかをわかってくれるだろうか。


 そろそろ終わりにしよう。海は凪いでいる。頭上から差す月の光も優しい。まるで私を迎え入れてくれるかのようだ。二度と苦しみを感じることのない世界へと。


 死ぬのは怖くない。あの世がどんな世界だったとしても、この屋敷での生活に比べたら、きっと天国のようなものだろうから。











藍沢 佳純』

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