佳純の日記(2)
『2013年8月24日
あの人がまたパーティーに来てくれた。彼も私のことを覚えていてくれたようで、ずっと一緒にいて話をした。あんなに楽しい時間は生まれて初めてだった。お父様が私達の方を気にしていたみたいだけど、どうだっていいわ。私は彼を愛している。彼も同じ気持ちだと嬉しいんだけど』
ここで宗一郎は佳純と藍沢の仲に気づいたらしい。よほど二人が親密だったのか、それとも宗一郎が目ざとかったのか。その両方かもしれない。
『2013年8月25日
お父様に彼のことを聞かれたから、素直な気持ちを伝えた。そうしたら猛反対されたわ。学のない人間を婿にはできないんですって。冗談じゃないわ。表面上は大人しくしておいたけど、私は絶対にお父様の言いなりになんかならない』
やはり宗一郎は二人の関係に勘付いていたらしい。だが、佳純が従順な素振りを見せたからか、それ以降は特に詮索はされなかったようだ。
『2013年12月24日
松田さんに頼んで、彼に手紙を渡してもらった。私の気持ちに応えてくれるなら、部屋に来てほしいという内容の手紙。今、彼を待ちながらこの日記を書いている。廊下から足音が聞こえるたびに心臓が破裂してしまいそう』
松田が二人の間を取り持っていたとは知らなかった。人生にようやく希望を見出した佳純を、彼としても支えたかったのだろうか。
『2013年12月25日
彼は部屋に来てくれた。ノックの音がして扉を開けた時、彼がそこに立っているのを見て、どれほど嬉しかったかはとても言葉で表せそうにない。彼も私を愛していると言ってくれた。こんなに素敵なクリスマスは人生で初めてだわ』
そうか、この日はクリスマスだったのか……。愛する人と結ばれたこの年は、佳純にとっては忘れられない聖夜だったに違いない。
藍沢に関する記述はその後六十ページにもわたって続いていた。会っていない間にも頻繁に手紙のやり取りをしていたらしく、読んでいて恥ずかしくなるような恋文の内容が繰り返し引用されていた。
木場は赤面しながら急いでページを捲った。好奇心に駆られて読み始めたものの、やはり事件とは関係なさそうだ。いい加減少女の心を覗くのは止めにした方がいいかもしれない――。
そう考えた矢先、木場の目にこんな記述が飛び込んできた。
『2015年6月15日
誠二さんとの関係がお父様に知られた。使用人の誰かが告げ口したのかもしれない。
お父様はひどく怒っていらして、私を灰塚先生と結婚させると言った。私の意見は全く聞いてくださらなくて、本当にひどい話。外出を禁止される前に誠二さんに連絡を取らないと』
今から六年前の記述だ。急いで書いたのか、字は斜めになり、枠線からはみ出してしまっている。一刻も早く藍沢に連絡を取ろうと必死だったのだろう。
『2015年6月15日(追記)
誠二さんと連絡が取れた。お父様に関係が知られたことを話すと、とても困った様子だった。
私は誠二さんに駆け落ちを持ちかけた。元々この家に未練なんてないし、誠二さんと離れるくらいなら死んだ方がいい。そう言えば理解してくれると思ったのに、誠二さんは賛成してくれなかった。秘書の仕事を失いたくないんですって。
ショックだった。最後に会った夜、私にとても素敵なプレゼントをくれて、いつか必ず一緒になろうと約束してくれたのに、あの言葉は嘘だったの?
私はずっと誠二さんのことだけを考えて生きてきて、誠二さんも同じ気持ちだと思っていたのに、舞い上がっていたのは私一人だけだった。悲しくて、悔しくて、もう何も考えられない』
追記の部分は筆圧が強く、枠線を完全に無視して文字が書き殴ってあった。
佳純はおそらく、公衆電話で藍沢に連絡を取ったのだろう。宗一郎の目を盗んで屋敷を抜け出したはいいが、自分の想いを理解してもらえず、失意のうちに屋敷に戻った。そして自らの怒りと失望をこの日記にぶちまけた――。ページの節々に濡れ跡が見えるのは気のせいではないはずだ。
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