亡霊の足音
「おい木場、勝手に入るんじゃない……。と、何だこの部屋は? いやに埃っぽいな」
次いで部屋に入ってきたガマ警部が呟いた。煙草を咥えたままげほげほと咳き込む。
「霧香さんの部屋の隣にある、白い扉の部屋。ピアノもあるし、それにこの埃っぽさ……。松田さんが言ってた佳純さんの部屋で間違いなさそうですね。ふぅ……幽霊がいたらどうしようかと思いました」
木場が息をついて額の汗玉を拭った。鍵が開いていたところを見ると、捜査員はこの部屋の捜索もしたのだろう。積もった埃を逃がそうと窓を開けたが、そのまま閉めるのを忘れたらしい。窓辺から吹き込んだ風が白いカーテンを揺らし、机上に並んだ本に擦れてかさかさと音を立てる。あれが物音の正体だったようだ。
「……幽霊なんぞいるはずがないだろう。くだらん妄想に憑りつかれおって」ガマ警部が呆れ顔で煙を吐き出した。
「いや、わかりませんよ。夜になったらこのピアノが独りでに鳴り始めるかもしれません」木場が真顔で言った。
「なら、気が済むまでその幽霊とやらの痕跡を調べていろ。俺は外で娘を待っている」
ガマ警部はそう言うと、踵を返してさっさと部屋を出て行ってしまった。オカルト騒ぎには微塵も興味がないらしい。
警部が扉を閉めた途端、電話の線が切れたように部屋は静まり返り、アンティークな柱時計が時を刻む音だけが室内に響いた。
木場は室内を見回すと、ゆっくりと歩きながら家具を一つ一つ見分し始めた。恋愛小説らしいタイトルの本が並んだ本棚、皺一つないシーツの敷かれたベッド、二度と音を奏でることのないグランドピアノ。それらの家具一つ一つに触れ、短い生涯を過ごした少女の幻影に思いを馳せようとする。
やがて部屋を一周したところで、木場は窓辺にある机の前に辿り着いた。吹きつける潮風を真正面から受けながら、身を乗り出して窓の外を覗き込む。すでに日は落ちたようで、眼下に見える海は暗く、海上には満月が浮かんでいる。時折立つ白波に姿を隠されるものの、月は変わらずに海面にその姿を映している。佳純が生きていた頃も、こうして降り注ぐ月光をその身に浴びながら、終わりのない海を眺めていたのだろうか。
(佳純さんは……本当にまだこの屋敷にいるのかな)
冷静さを取り戻した今となっては、木場も果林の話を丸ごと信じているわけではない。でも、直接手を下すことはできなかったとしても、霊魂となった佳純の存在が、屋敷の人間に何らかの影響を及ぼした可能性はないだろうか。毎晩誰かの夢に出て、自分の怨念を植えつけるとか――。どのみち荒唐無稽な考えではあるが、木場はどうしても、佳純の死がこの事件に無関係だとは思えなかった。
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