深まる疑惑
「車椅子から見つかったのはそれだけか?」ガマ警部が渕川の方に向き直って尋ねた。
「はっ! 証拠品は以上です。ちなみに、車椅子のブレーキは外された状態でした」
「となると、犯人は車椅子ごと雨宮を突き落としたわけだ。車椅子が海に沈んでいれば、都合の悪い証拠を隠滅することもできたんだろうが……これも因業というやつか」
ガマ警部はそう言うと、ズボンのポケットに手を突っ込み、スナイパーのような目で階段の上に視線をやった。木場もつられてその方を見やる。その視線は二階西側、霧香の部屋のある方角へと注がれていた。
「あの……警部。警部は本当に霧香さんが犯人だと思ってるんですか?」木場がおずおずと尋ねた。
「ああ。聞き込みの段階では疑いに過ぎんかったが、渕川からの報告を聞いて確信した。犯人はあの娘だ。動機、機会共に十分過ぎるほどある」
「でも、動機だったら他の人にもありますよ! 公子さんや果林ちゃんは被害者に生活を束縛されて、灰塚先生や松田さんはその状況を何とかしたいって思ってました! それに、死亡推定時刻には全員アリバイがありません!」
「その通りだ。だが、プレゼントの件をどう説明する? プレゼントは最初から雨宮の車椅子にあった。にもかかわらず、あの娘は雨宮を置いて屋敷に戻った。まるで雨宮を一人にしたがっていたようじゃないか」
「それは……!」
木場は言葉に詰まった。プレゼントの件を持ち出されると反論のしようがない。
「でも、霧香さんが犯人だったら、二十七センチの足跡はどうなるんです?」木場がめげずに言った。
「俺もそこは引っかかった。最初はあの娘の工作かと思ったが、あんな足跡を残せば事件性を疑われることくらいは子どもでも想像がつく。そんな小細工をするくらいなら、最初から雨宮は事故死だったと供述すればいい。あの晩は雨が降った後で道は滑りやすかった。雨宮が誤って転落したと言っても誰も不審には思わんだろう」
「じゃあ、あの足跡は何なんですか? 事件とは全然関係ないってことですか?」
「いや、こんな人里離れた場所にある屋敷だ。無関係の人間がたまたま迷い込んだとは考えにくい。それよりはむしろ、あの娘に共犯者がいたと考えた方が自然だ」
「共犯者?」木場が眉を上げた。
「ああ。あの娘が雨宮を崖へ連れ出し、ブツを取りに帰るふりをして奴を一人にする。その間に森に隠れていた共犯者が出てきて、奴を車椅子ごと突き落とす。犯行を終えた共犯者は靴を履き替え、何食わぬ顔で屋敷へと戻る。その後、再び屋敷から出てきた娘が死体を発見する……。ありそうなシナリオじゃないか」
「で、でも……。それだと灰塚先生か岩井さんが共犯者ってことになりませんか?」
「ああ。使用人の連中には、全員アリバイがあるという話だったからな。実行犯の可能性があるのはその二人だ。もっとも、岩井は屋敷の中では新参者で、雨宮との関わりも薄い。そんな男に殺人の共謀を持ちかけるとは思えんがな」
「うう……わけがわからなくなってきました」
木場は両手で頭を抱えた。霧香と灰塚、あるいは霧香と岩井の共謀による犯行。確かにその説明であれば、あの謎の足跡にも納得がいくが――。
「とにかく、今は本人から話を聞くのが先だ。あの娘にはまだ事情聴取はしていないんだな?」ガマ警部が渕川に尋ねた。
「はい。まずは警部殿に証拠品をお見せして、その上で判断を仰ごうと思いましたもので」渕川が答えた。
「そうか。では、俺が直々に事情聴取をすることにしよう。どうも最初からあの娘は臭いと思っていたんだ。証拠品を借りても構わないな?」
「はっ! 問題ありません!」
渕川はポケットにしまいこんだプレゼントをポリ袋ごとガマ警部に手渡した。ガマ警部はそれを受け取ると、再び射るような視線を二階の方へ向けた。
「雨宮霧香……奴が猫の皮を被った雌豹かどうか、この目で確かめてやるとしよう」
ガマ警部は挑むように言うと、ポケットに証拠品を突っ込み、大股で階段を昇って行った。
木場は困惑してその背中を見つめた。新しく出た証拠品は、いずれも霧香に不利なものばかりだ。あの証拠を並べられた上、警部の鋭い眼光に睨まれたら、霧香は本当に罪を告白してしまうかもしれない。
でも違う。彼女が犯人であるはずがないのだ。根拠はないが、木場は頑なにそう信じ続けていた。
霧香を守れるのは、自分しかいない――。そんな使命感に狩られて木場はガマ警部の後を追った。
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