指輪の謎
「そのプレゼントは車椅子のどこに?」ガマ警部が尋ねた。
「背もたれの後ろに付いたポケットに入っていました。ポケットの蓋はマジックテープで留められていましたから、海に落ちずに済んだのでしょうね」
「で、誰からのプレゼントだったんですか?」木場が尋ねた。
「霧香嬢です。彼女が父親のためにプレゼントを用意していたことは、本人からの供述からも判明しています」
「ああ、そういえば言ってましたね。プレゼントを用意したけど屋敷に忘れて、それで被害者を置いて取りに帰ったって……って、あれ?」
そこで何かがおかしいことに気づいたのか、木場がまじまじとポリ袋に入った箱を見つめた。嫌な予感が脳裏を過る。
「……ちょっと待ってください。何で屋敷に忘れたはずのプレゼントが、被害者の車椅子のポケットから出てくるんですか?」木場が低い声で尋ねた。
「我々もそこを問題視しています」渕川が黒縁眼鏡の奥の眉を下げた。
「プレゼントを車椅子のポケットに入れていたのなら、霧香嬢が屋敷に戻る必要はなかったはず。ですが、霧香嬢は被害者を置いて屋敷に戻り、被害者は一人崖に取り残された……。どう考えても不自然です」
「ふむ……。どうやらあの娘を問い詰める必要があるようだな」
ガマ警部が重々しく言った。その鋭い目がハンターのように光ったのを見れば、霧香への疑惑が一気に高まったことは明らかだ。木場の背中を汗が滴り落ちる。
「あ、あの渕川さん、車椅子からは他にも証拠品が出てきたって言いましたよね。プレゼント以外には何が見つかったんですか?」木場が急いで話題を変えた。
「これです。車椅子の背もたれと座面のクッションの間に挟まっていました」
淵川はプレゼントをジャケットのポケットにしまうと、反対側のポケットから別のポリ袋を取り出した。先ほどと同じように木場の眼前に掲げる。シャンデリアの灯りを受けてきらりと光ったのは、銀色の指輪だった。
「へぇ……お洒落なデザインですね」
木場は渕川からポリ袋を受け取り、中に入った指輪を矯めつ眇めつした。細い二本のフレームが螺旋状に組み合わさり、ヘッド部分には雫の形をした大粒のダイヤがあしらわれている。サイズからして女性物だろうか。内側には筆記体で「K.A」とイニシャルが彫られている。
「K.A……。誰のイニシャルでしょうか」木場が呟いた。
「『A』は『雨宮』だろうな」ガマ警部が言った。「『K』は公子、霧香、果林……。屋敷の女全員が該当する」
「となると、その三人のうち誰かの物ってことか……。メイドさんが持ち主ってことはないですかね?」
「これだけ高そうなダイヤを使っているんだ。一使用人の給料では買えんだろう」
「誰か大金持ちのフィアンセにプレゼントしてもらったのかもしれませんよ」
「……そんな羽振りのいい許嫁がいれば、メイドの仕事なんかとっくに辞めているだろう」ガマ警部が呆れ顔で息をついた。
「そもそも、屋敷に『K.A』というイニシャルのメイドはおらん。現実的に考えれば、雨宮の車椅子にもっとも触れる機会があったのは上の娘だ。おそらくはあの娘のものだろう」
「何で霧香さんの指輪が車椅子に挟まってたんでしょう?」
「さぁな。俺は装身具などつける趣味はないが、普通に生活をしているだけで指輪が抜けることはまずないだろう。奴を崖から突き落とした時に衝撃で抜けたのかもしれんな」
「それは決めつけですよ!」木場が声を荒げた。「車椅子を押してる時に引っかかって、たまたま抜けちゃったのかもしれないですし!」
「だとしても、落とせばすぐに気づくんじゃないか? それだけ目立つデザインなんだからな」ガマ警部も引かなかった。
「手を見る余裕がないくらい急いでたのかもしれませんよ。例えばほら、昨日被害者を置いて屋敷に帰った時とか……」
「ほう、プレゼントを取りに行くわけでもないのに、何をそんなに急いでいたのか、ぜひ本人の口から聞きたいものだな」
木場はうっと言葉を詰まらせた。話を逸らせようと思ったのに、かえって墓穴を掘ってしまったようだ。
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