第三部 疑惑と信念
捜査 ―7―
新たな証拠
渕川に連れられ、木場とガマ警部はロビーまで戻ってきた。ロビーには多くの捜査員が詰めかけており、二、三人のグループで固まりながら声を潜めて話し合っている。その緊迫した空気は、捜査に何か重大な進展があったらしいことを窺わせた。捜査が佳境に入っているのだと思うと、木場の内側からも自然と興奮が湧き上がってくる。
「それで? 渕川、車椅子と足型について何がわかったんだ?」
ロビーの真ん中辺りまで歩いてきたところで、ガマ警部が立ち止まって尋ねた。渕川は敬礼し、早速報告を始めようとしたが、そこで木場の耳にかすかな物音が聞こえた。振り返って見たが、いるのは神妙な顔で言葉を交わしている捜査員ばかりだった。
「どうした? 木場」ガマ警部が目ざとく尋ねてきた。
「あ、いえ……。なんか今、物音が聞こえた気がしたんですけど」
「物音? どんな音だ?」」
「かさかさってした音です。葉っぱが重なり合うみたいな」
「窓が空いているからな。風でも吹いたんだろう」
ガマ警部が興味をなくしたように言った。確かに、窓にかけられた白いカーテンが揺れており、外から冷え冷えとした風が吹きこんでくる。それが階段脇に置かれた観葉植物を揺らしたのだろう。
「それで渕川、車椅子と足型について何がわかったんだ?」ガマ警部が話を戻した。
「はっ! まず足型ですが、屋敷内の全ての人間の靴を調べたところ、二十七センチの靴を履いている人間は五名いることがわかりました。家庭教師の灰塚、運転手の岩井、後は男性の使用人三名です」
「現場の足型と一致する靴はあったのか?」
「いえ、それが……その五名の靴を全て調べたのですが、一致する靴はありませんでした。なくなった靴もないそうです」
「じゃあ、現場にあった靴跡は誰のものなんでしょう?」木場が首を捻った。
「もしかすると、屋敷の人間のものではないのかもしれませんね」渕川が言った。
「靴跡は森に入ったところで途切れていましたから、外部から何者かが侵入した可能性は否定できません」
「あるいは、その五名のうちの誰かが嘘をついていているか、だな」ガマ警部が腕組みをした。
「現場の崖はぬかるんでいた。犯人は予め別の靴を用意し、犯行が終わった時点で履き替えたのかもしれん。泥のついた靴は海にでも捨てたんだろう」
「ちなみに、小さい方の足型は霧香嬢のパンプスと一致しました。本人も昨晩履いたものだと認めています」渕川が補足した。
「うーん、足型から犯人を特定するのは難しいみたいですね」木場がボールペンをこめかみに当てた。
「車椅子の方はどうだったんですか?」
「こちらは色々と興味深いものが出てきました。まずはこれです」
渕川はそう言うと、ジャケットのポケットからポリ袋に入った何かを取り出した。持ち上げて木場達の眼前に掲げる。それは手のひらサイズの小さな箱で、水色の包装紙に銀色のリボンがかけられている。
「何ですかそれ? プレゼントみたいですけど」木場が尋ねた。
「ええ、中身を改めたところ、メッセージカードが添えてありました。どうやら誕生日プレゼントだったようですね」渕川が答えた。
「誕生日プレゼント?」
「はい。被害者は昨日で六十三歳になるはずでした。しかし誕生日が命日になるとは……交通事故の件といい、つくづく運の悪い人ですね」
渕川が同情した顔でため息をついた。木場は渕川の汚れたスーツや割れた眼鏡の件を思い出し、被害者もあなたにだけは言われたくないだろう、と内心で突っ込んだ。
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