断章 ―見えざる咎人―

 刑事達の動きが慌ただしい。


 ロビーに集まった捜査員が神妙に顔を突き合わせ、密やかに何かを話し合っている。何か重大な手がかりが出たのだろうか。

 私が傍を通り過ぎると、彼らはぴたりと口を噤んでしまった。よもや私を疑っているわけではあるまいが、慎重には慎重を期しているのだろう。


 彼らはどこまで真実を掴んだのだろう。あの男がかつて犯した罪はすでに明るみに出たのだろうか。

 あの忌まわしい悲劇は、今も黒き霧となって屋敷に暗鬱をもたらしている。彼がこの地に触手を下ろしている限り、この霧が晴れることは永遠にない。


 だから私は、この悪夢のような霧に捕らわれた人々を解放するため、この手を持って彼を断罪したのだ。それは私が果たすべき宿命とも言えた。かの有名な法典にあるように、目には目を、歯には歯を、命には命を――。もっとも、彼の腐った魂を犠牲にしたところで、その罪業が償えるとは到底思えないが。


 頭上から慌ただしい足音が聞こえ、私は顔を上げた。例の強面の刑事と、優男風の新米刑事が、冴えない男に連れられてこちらに向かってくる。


 私は観葉植物の影に隠れて彼らの動きを見守った。彼らの顔には興奮が漲っている。何か手がかりを掴んだのかもしれない。真相解明に至る手がかり。どうやら捜査も大詰めのようだ。


 全ての点が一本の線となって繋がった時、彼らは何を思うのだろう。脚本が予想通りに展開したことに嬉々とし、意気揚々と罪人の確保に向かうのか。それとも、予想だにしなかった真実を前に呼吸すら忘れて立ち尽くすか。見届けられないのが残念だ。


 彼らが捜査員の中に紛れたのを見て、私はそっと観葉植物の影から出て行った。彼らが私に気づいた様子はない。当然だろう。彼らは目の前に差し出された真実を見つめるあまり、盲目になっているのだ。

 彼らが私の存在に気づくことはない。いや、彼らだけではない。この屋敷にいる誰も、私の存在に気づいてはいないのだ。


 遠ざかる彼らの話し声を耳にしながら、私は廊下の奥へと姿を消した。

 ゲームはついに最終幕に突入する。この舞台の終焉を彩るのは、喜劇か、それとも悲劇か――。最後までとくと楽しみたいものだ。

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