垂れ込める黒霧

「それにしても松田さん、本当に佳純さんのことに詳しいんですね」木場が感心した顔で言った。「執事って、そんなに何でもかんでも知ってるものなんですか?」


「当然です。この屋敷のことで、私が存じ上げないことはございません」松田が誇らしげに背筋を伸ばした。

「奥様のお部屋にある化粧品のメーカーから、果林様のお部屋のぬいぐるみの名前まで、完璧に網羅しております」


「いや、そういうことじゃなくて……」


「下の娘によれば、あんたは双子の娘と仲がよかったそうだな」ガマ警部口を挟んだ。「娘達の方もあんたには懐いていて、あんたに個人的な相談を持ちかけていた。だから藍沢のことも知っていたんじゃないのか?」


「おっしゃる通りでございます。」松田が神妙な顔で頷いた。


「佳純様は、藍沢様との逢瀬について私に相談してくださいました。若いお二人のことですから、年に数回のパーティーで会うだけでは我慢ができなくなったのでしょう。旦那様に見つからずに、藍沢様に会いに行く方法がないものか……、深刻そうなお顔で話される佳純様をお見かけするたび、私は何とかお力になりたいと考えたものです。せめて車の運転ができればよかったのですが」


 松田は残念そうにかぶりを振った。木場は彼の短い足を見つめながら、彼が車に乗れないのは、ペダルに足が届かないからではないだろうかと考えた。


「じゃあ、佳純さんと藍沢さんの交際を知ってたのは、松田さんだけってことですか?」


「使用人の中では私だけだったと存じます。ご家族では……そうですね。霧香様にはお話されていたかもしれません」


「佳純さんと霧香さんは仲が良かったんですか?」


「ええ、それはもう。双子というだけあって、お二人は実によく似ていらして……幼少期にはよく服を交換して入れ替わっては、私を驚かせてくださったものです」松田が懐かしそうに目を細めた。


「……ふむ。となると、あの霧香という娘には二重の動機があるわけだ」


 ガマ警部がおもむろに言った。木場が素早く警部の方を見た。


「二重の動機って、どういうことですか?」


「あの娘は五年間父親の介護をさせられていた。それだけでも十分に動機になり得るが、ここへ来て姉の自殺という動機が加わった。死んだ娘と近しい人間ほど、強い動機がある……。ここへ来る前、お前が自分で言っていたことだ」


「い、いやでも、果林ちゃんも言ってたじゃないですか! 霧香さんは虫も殺せない人だって!」


「人はいろいろな顔を持っているものだ。あの霧香という娘も、しおらしいのは見せかけだけで、内側にどんな怪物を飼っているかわからん」


「いや、でも……! ねぇ松田さん、霧香さんが犯人だなんてあり得ませんよね!?」


 木場が助けを求めるように松田を見る。だが松田は眉を下げて力なく首を振った。


「……私にはわかりません。もちろん、霧香様が旦那様を殺害されたなどとは到底信じられません。ですが、霧香様が佳純様をお慕いされていたのも事実です。もし……あの方が佳純様の無念を晴らそうと考えたのであれば……」


「そんな……!」


 木場は愕然として肩を落とした。霧香を実の娘のように可愛がっていた松田でさえ、彼女が犯人でないとは断定できないと言う。真実が明るみに出れば出るほど、聖女のような霧香の面影は薄れ、代わりに黒い疑惑の霧が彼女の姿を覆っていく。

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