供述 ―松田茂之(6)―
「……佳純お嬢様は、旦那様のためにその身を犠牲にされたのです」
松田が俯いたまま呟いた。
「……他のご家族の皆様は、旦那様の支配下に置かれていることを諦めているご様子でしたが、佳純様だけは違いました。佳純様は最後まで旦那様に屈服せず、ご自分の意思を貫こうとされたのです。……ある意味お嬢様は、自ら命を断つことで、旦那様の束縛から永久に逃れようとされたのかもしれません」
松田が憂いを吐き出すようにため息をついた。その気持ちは木場にもわかる気がしたが、一方で、佳純の自殺には別の理由もあったのかもしれないと考えていた。
宗一郎の呪縛を受けていたのは彼女だけではない。公子や果林、そして霧香も、所詮は彼の自尊心を満足させるための人形に過ぎなかった。そうやって周囲の人間からありとあらゆる幸福を奪った父親を憎み、自らの命を持って彼を断罪する――。
佳純の死は、牢獄のような現実から逃れるための手段であると同時に、厚顔な父親への報復でもあったのではないだろうか。
「あの……佳純さんが亡くなった後、被害者はどんな反応をしたんですか?」木場がそろそろと尋ねた。
「……さすがにショックを受けたご様子でした。旦那様も、お嬢様がそこまで思い詰めているとは考えられなかったようで……。部屋をそのままの形で残されたのも、お嬢様を死なせてしまったことへの後悔があったからかもしれません」松田がゆるゆるとかぶりを振った。
「え、どういうことですか?」
「佳純様の部屋は、佳純様がご存命であった当時のまま残されているのです。時々はメイドが掃除に入り、調律師を読んでピアノの調律もしておりました。私はそれを拝見し、旦那様は佳純様の死を忘れないために、そのような振る舞いをされているのだろうと考えました。
実際、旦那様は少しずつ態度を改められ、奥様やお嬢様方も外出を許されるようになりました。おかしな話ですが、ご家族が一番幸福であったのはあの時だったように存じます。このままご家族が自由に向かえば、佳純様の死も少しは報われると思っていたのですが……」
「……だが、それから一年後に交通事故が起こり、雨宮は屋敷に舞い戻ってきた」ガマ警部が苦々しげに言った。
「経営者の職を退いた奴は、再び家族に執着するようになった。外出を制限するのはもちろん、電話や手紙まで監視するようになった。……奴は結局、娘の死から何も学習しなかったということだ」
「……ええ。さすがに奥様やお嬢様方が不憫でしたから、差し出がましいと思いながらも、私がご意見を申し上げたこともございました。旦那様には一蹴され、これ以上口を挟めば執事の職を解くと言われてしまったため、その一度きりではあったのですが……」松田が恥じ入るように身体を縮こめた。
「ところで、佳純さんの部屋って今もまだ残ってるんですか?」
木場が尋ねた。果林から聞いた、佳純の幽霊の話がまたしても蘇る。自分が生きていた頃のままの部屋で、佳純の霊魂がピアノを弾いたり、ベッドに横たわったりする光景を思い浮かべると、途端に背筋が寒くなった。
「ええ。霧香様のお部屋の隣に、白い扉の部屋があるのですが、そこが佳純様のお部屋でして、今も当時のまま残されております。もっとも、メイドや調律師が立ち入る機会はなくなってしまいましたが」
「どうしてですか?」
「部屋の鍵が紛失してしまったのです。屋敷内のどこを探しても見つからず、マスターキーもありませんから、私どもも途方に暮れておりました。新しく鍵を作ろうかとも考えたのですが、旦那様はそこまでする必要はないとおっしゃいました。
ちょうどその頃は、旦那様が事故に遭われて屋敷に移り住まれた時期でもありましたので、ご自分のことで手一杯だったのでしょう。普段は誰かが使うわけでもありませんから、私どもも次第に鍵の存在を失念していきました」
「じゃあ、今も鍵は閉じたままってことですか?」
「今朝まではそうでした。ただ、警察の方が旦那様の部屋を捜索したところ、抽斗から鍵が見つかりまして。どうやらこの五年間、旦那様がお持ちだったようですね」
「そうなんですか。じゃあ、鍵は今も警察が?」
「はい。念のためにお調べになったようです。ただ、何せ五年ぶりに開いたわけですから、相当埃が溜まっていたようですね。メイドに掃除をさせたいと申し出たのですが、聞き入れていただけませんでした」松田がしょんぼりと肩を落とした。
「まぁ、捜査中ですからね……。でも不思議ですね。何で被害者は佳純さんの部屋の鍵を持ってたんでしょう?」
「私もわかりません。単に落ちていたものを拾われ、抽斗に入れたまま忘れておられただけかもしれませんが」
「ふん、奴のことだ。娘の部屋の鍵を手元に置いておくことで、自分がこの屋敷を掌握していることを確かめたかっただけじゃないのか?」
ガマ警部が吐き捨てるように言った。被害者が一時改心したことさえ疑っているような顔だ。
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