供述 ―松田茂之(5)―
「学のない人間を雇うことはできても、娘婿としては認められん……か。雨宮の考えそうなことだな」ガマ警部が苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「ええ……。ただ、佳純様も意思の強いお方でしたから、旦那様に反対された後も、藍沢様との交際を諦めようとはされませんでした。パーティーの後、藍沢様は屋敷に毎回お泊りになっていたのですが、旦那様にはご内密で佳純様と会われていたようです」
「なるほど、そこでささやかな密会を楽しんだってわけですか。いやぁ若いですねぇ」木場が能天気に感想を漏らした。
「だが、よく雨宮に見つからなかったな。奴は家族の交友関係には人一倍うるさかったんじゃないのか?」ガマ警部が疑問を口にした。
「パーティーは年に数回のことでしたから、旦那様もそこまで気に留めておられなかったのだと思います。佳純様も交際に反対されてからは、旦那様の前では藍沢様の話題を出さないよう、注意されていたようでございますから」
「そうやって逢引きを重ねて、お互いへの愛情を高めていったわけですか。いやぁ実にドラマチックですねぇ」
木場がまたしても呑気に呟いた。この手の古典的ロマンスは好物のようだ。一方のガマ警部はと言えば、ミーハーな女子高生を眺めるような目つきで木場を見つめている。ずんぐりむっくりとした体型や、絶えず苦虫を噛み潰しているような顔からして、熱烈なロマンスとは程遠い人生を歩んできたのだろう。
「……だが、そのドラマチックな関係も、結局は悲劇に終わったわけだ」ガマ警部が話を本筋に戻した。
「雨宮は、娘が陰で秘書と関係を続けていることに勘付いた。だから強硬的に別れさせようとした。違うか?」
「ええ……おっしゃる通りです。」松田が深々とため息をついた。
「旦那様はお二人の交際を阻むため、早急に佳純様を別の方と婚約させねばならないとお考えになりました。そこで目を留められたのが灰塚先生でした」
「灰塚先生?」木場がきょとんとした。
「ええ。先生は日本でもトップクラスの大学のご出身ですから、旦那様のお眼鏡に適ったのでしょう。旦那様は灰塚先生に佳純様との縁談を持ちかけ、佳純様にもそのお話をされました。先生も当惑されていましたが、佳純様に至ってはヒステリーを起こされ……」
「ちょ、ちょっと待ってください」木場が慌てて口を挟んだ。
「いくら藍沢さんに学歴がないからって、どうして灰塚先生を代わりに婚約させようって発想になるんですか? あの人は生徒とスキャンダルを起こしたって噂が立ってたんですよ?」
「その件に関してはすでに調べられ、根も葉もない噂だという結論が出ていたそうです。当時の先生は今とは雰囲気が違い、旦那様と口論になることもありませんでしたから、お相手として適当だと考えられたのでしょう」
松田があっさりと言った。木場は予備校時代の灰塚の姿を思い浮かべた。短く切り揃えた黒髪に、清潔そうな白いワイシャツ。あの時の爽やかな身なりのままだったのであれば、彼を娘婿として迎えようとした宗一郎の思考にも一応納得がいく。
「学のない男との交際には反対し、本人の意思を無視して別の人間と結婚させようとした、か……。まさに古典的なメロドラマだな」ガマ警部が面白くもなさそうに言った。
「はい。ですが……佳純様は相当なショックを受けられたようでした。旦那様の部屋から出て来られるところを拝見しましたが、ひどく青ざめた顔をしておられ、私の声もまるでお耳に入らないご様子でした……。
それから三日間はほとんど眠られなかったようで、目の下には大きな隈ができておりました。食事もほとんど喉を通らないご様子で……、日に日に窶れ、衰弱されていくのが目に見えてわかりました。
私は心配になり、医者を呼んだ方がよいのではないかと旦那様にご相談申し上げたのですが、旦那様は一時のことと考え、さして気に留めておられないご様子でした。ですから、私もしばらく様子を見ることにしたのですが、佳純様が気力を取り戻される気配は一向にございませんでした。
このままでは、いずれ取り返しのつかないことが起こるのではないか……。不安は日に日に大きくなっていきましたが、私にはどうすることもできませんでした。
そして……、旦那様との口論から二週間が経った後、佳純様は……」
松田は何かを堪えるように唇を引き結ぶと、膝の上で拳をぐっと握り締めた。
木場は思わず眉を下げた。六年前、佳純は十八歳という若さで自らの人生に幕を下ろした。同世代の女性のように友人を作ることも、愛する人との関係を楽しむことも許されず、父親の創り上げた王国の中でしか生きることを許されなかった。その不条理に、胸が絞めつけられる気がした。
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