執事の決意
木場が松田の部屋をノックすると、三秒もしないうちに返事があり、十秒もしないうちに扉が開かれた。人の好さそうな笑みを湛えた松田が、小柄な背中を丸め、腰を折って何度もお辞儀をする。その姿はおきあがりこぼしそっくりだった。
「おや、これはこれは刑事様。この老いぼれに何か御用命でございましょうか?」松田が揉み手をしながら尋ねた。
「え、ええ、まぁ。実はその、松田さんに折り入って聞きたいことがありまして」木場がどう切り出したものかと迷いながら言った。
「何なりとお申し付けくださいませ。この松田、人様のお役に立つことを至上の喜びとしておりますがゆえ」
「そうか。では、六年前に自殺した、佳純という娘について話を聞かせてもらおうか」
ガマ警部が遠慮なしに言った。松田は電池が切れたおもちゃの人形のように硬直し、丸眼鏡の奥の小さな目を見開いた。
「ど……どこでその話を……」松田が頻りに瞬きを繰り返した。
「下の娘が、興味深い説を教えてくれてな。何でも雨宮の死は、その佳純という娘の亡霊が引き起こしたものだと。話自体は荒唐無稽なものに過ぎんが、自殺の件は看過できん。何しろあんた達は、誰一人として死んだ娘の名前を持ち出さなかったんだからな」
ガマ警部が非難がましい目で松田を見やる。松田はなで肩を窄めて視線を落とした。小柄な身体がますますちっぽけに見える。
「……隠していたつもりはございません」松田が小声で言った。「ただ……佳純様は六年も前にお亡くなりになっていますから、今回の件に関係があるとは思わなかったのです」
「関係があるかないかを判断するのは警察の仕事だ」ガマ警部がぴしゃりと言った。
「とにかく、その娘の自殺について、詳しい話を聞かせてもらおうか?」
「それは……どうしてもお話しなければならないのでしょうか?」松田が雨に濡れそぼった子犬のような目でガマ警部を見上げた。「佳純様の死は、今思い出しても非常に辛いことなのです。できればお話は差し控えさせていただきたいのですが……」
「それは無理な相談だ」ガマ警部が木で鼻を括ったように言った。
「いいか、雨宮の死は事故じゃない。殺人だ。この屋敷の中に雨宮を殺した人間がいる可能性は高い。娘の自殺の件を知ることは、動機の解明に繋がるかもしれんのだ。残された家人を助けたいのなら、協力した方が身のためだぞ」
松田は黙り込んだ。小さな両手を太腿の上に置き、絨毯に視線を落とす。執事としてどのような行動を取るべきか、考えを巡らせているのかもしれない。
「……かしこまりました」
やがて松田が低い声で言った。顔を上げ、ガマ警部と木場を順番に見つめて続ける。
「私はこの屋敷の執事です。屋敷内の問題を解決するのが、執事としての私の務め。私のお話が事件解決のお役に立つとおっしゃるのであれば、御協力を差し上げることもやぶさかではございません」
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