打ち寄せる嘆き

 果林の部屋を出て、木場とガマ警部はまっすぐに松田の部屋へと向かった。部屋を出た後も木場はしばらくへっぴり腰のままだったが、忙しなく行き交う捜査員の姿を目にするうちに、ようやく意識が現実に戻ってきたらしい。丸まっていた背筋を伸ばし、改めて屋敷を見回す。


 眼前に広がる赤い絨毯の敷かれた廊下。今日だけで何度この廊下を歩いたことだろう。一つの部屋の扉を潜る度に新しい事実が見つかり、思いがけない家族の真実を目の当たりにした。いずれの部屋にも共通していたのは、宗一郎の呪縛の下でしか生きることを許されなかった、悲哀に満ちた家族の姿だった。


 窓の外に視線をやる。すでに五時を回っているのか、空は橙色に染まっており、燃えるような夕日がゆっくりと海に沈んでいくのが見えた。外はまだ風が出ているようで、時折波が沿岸に押し寄せては、白い飛沫を上げて跳ね返っていく。


 この屋敷に住む人々は、荒々しく猛り狂う海を眺めながら何を思っていたのだろう。こんな籠の中の鳥のような生活を続けるくらいなら、いっそあの海の中に身を投じたいと考えたこともあったのだろうか――佳純のように。


「でも……信じられませんね。霧香さんに双子のお姉さんがいたなんて」木場がぽつりと言った。


「ああ。しかもその佳純という娘は、雨宮の仕打ちによって自殺したと言う。なぜ屋敷の連中は、揃いも揃ってそのことを黙っていたのか……」


「果林ちゃんの言う通り、やっぱり思い出したくなかったんでしょうか?」


「それもあるだろうが、屋敷中の人間が一切その話題に触れなかったのは奇妙だ。まるで娘の死を隠蔽しようとしているようじゃないか」


「隠蔽って……それはさすがに勘繰り過ぎですよ。佳純さんの件が、今回の事件に関係あるって決まったわけでもないですし」


「だが、全くの無関係とも思えん。実の娘を自殺にまで追い込んだともなれば、雨宮に対する憎悪の念がいっそう強固なものになったとも考えられる」


「ううん……。そう考えると、佳純さんと仲がよかった人ほど強い動機があるってことですよね……」


 木場は腕組みをして天井を仰いだ。佳純と近しい人間というとやはり霧香だろうか。姉妹の仲が良かったかはわからないが、霧香が宗一郎の死を悼んでいたことを思えば、自分の片割れである佳純の死にも、同じように心を痛めていたのではないだろうか。


(……って、駄目だ。これじゃ霧香さんを疑ってるみたいじゃないか。あの人だけは犯人じゃないってずっと言ってるのに)


 木場は自分の頭を小突いた。そもそも佳純の死が本当に事件に関係あるかもわからないのだ。先入観を持つのは禁物。何はともあれ、今は松田に話を聞かなければならない。


 木場は逸る思いを抑え、一階西側にある松田の部屋へと向かった。

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