供述 ―雨宮公子(5)―

「……ひどい話ですね」


 木場が視線を下げてぽつりと言った。宗一郎が独占欲の強い男だという事実は今までの聞き込みでも判明していたが、まさかこれほどまでとは思わなかった。


「八年前に灰塚先生が屋敷に来られて間もなく、あたくしはこの話を打ち明けました」公子がため息まじりに言った。


「先生は、あたくしの身の上にたいそう同情してくださり……救われたような気持ちになったことを覚えています。

 それから先生は、あたくしのよき相談相手となりました。それまで話し相手といえば、娘か使用人くらいしかいなかったものですから、先生とお話していると生き返ったような気持ちになりましたわ……。

 先生は本当にお優しい方です。ですから、あたくしが先生に、先生として以上の感情を抱いていること自体は事実です。けれど、決してそれ以上の関係ではありませんのよ」


 公子はそう言うと、挑むような視線をガマ警部の方に向けた。犯罪についても不倫についても、何も疚しいことはないと言いたいのだろう。


「どうします? 警部」木場が囁いた。


「……まぁ、ここで聞き出せる話はこんなものだろう。ひとまず灰塚と一緒にいた時間はわかった。奴からも話を聞いて裏付けを取った方がいいだろう。それと念のために聞くが、事件当日は崖には行っていないんだな?」


 最後の質問は公子に向けられたものだった。公子がいかにも不快そうに眉を顰める。


「……行っておりません。あなた方はあたくしが主人を殺したとお思いのようですが、それは違います。あたくしはか弱い女です。主人を殺すなんてことできはしませんわ」


 公子はふんと鼻を鳴らした。煙管を手の中で弄びながら、いつまでも退散しない悪霊を眺めるような目で木場達を見つめている。


 確かに昔の恰幅のいい宗一郎なら車椅子から突き落とすことは難しかっただろうが、今の彼は病人だ。女性でも十分に犯行が可能だという話は現場を見る前にも出ていた。


 それに公子には動機がある。長年自分を束縛してきた夫を、堪りかねて殺害した可能性はゼロではないのだ。


 だが一方で、仮に公子が本当に犯人だったとしても、彼女を一方的に断罪することはできないと木場は思った。その皺一つない肌や、色香を漂わせる白く細い首、ワンピースの裾から覗くすらりとした脚線に目を留める。

 公子は今もなお二十代のような美貌を保ってはいるが、その魅力はこの屋敷の中でしか発揮されることはない。鏡台に並べられた数々の化粧品も、コレクションされたネイルや香水の瓶も、それをつけて出掛ける場所がなければただの飾り物に過ぎない。そう考えると、見るからに高級そうなそれらの品が急に玩具のように思えてきて、木場は公子に憐れみを禁じ得なかった。

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