供述 ―灰塚敏夫(4)

「でも、何で被害者と口論になったことを隠してたんですか?」木場が尋ねた。「しかも、霧香さんとの縁談の話があったなんて嘘までついて」


「そりゃ、疑われるのを避けるためさ」灰塚が飄々と言った。

「俺はただでさえも誤解を招きやすいからな。爺さんと口論してたなんて知られて、やってもない罪を被さられちゃあたまらねぇ。だから安全策を講じておいたってわけさ」


「……おかげで余計な手間がかかった」ガマ警部がじろりと灰塚を見た。「まったく……捜査妨害で留置場にぶち込んでやってもいいんだぞ」


「おぉ、怖い怖い。これだから警察は油断ならねぇんだ」


 灰塚が芝居がかった動作で両手を広げた。油断のならないのはどっちだよ、と木場は思いながら、悠然と煙草を燻らす灰塚を胡乱な目で見つめた。

 だが、灰塚の話が作り話なら、彼と霧香との縁談の話もなかったのだ。木場はそのことに安堵した。


「ところで、夕食後のことですけど、さっきは一人で部屋にいたって言ってましたよね」木場が思い出して尋ねた。


「ああ。でもどうせ調べはついてんだろ? あれも嘘だ。本当は奥さんの部屋に行ってたんだよ」灰塚があっさりと認めた。


「それは何時から何時までのことですか?」


「行ったのは確か……九時過ぎだ。食堂を出た後に奥さんから相談があるって言われて、そのまま二人で奥さんの部屋に行ったんだ。爺さんと霧香は食堂に残ってたから、たぶん気づかれなかったと思う」


「果林ちゃんはどうでした?」


「あいつは真っ先に部屋に戻ってたよ。ぬいぐるみの世話で忙しかったんだろ」


「公子さんの部屋を出たのは何時頃ですか?」


「一時間くらい話した後だったから……十時くらいかな」


「部屋を出た後は、自分の部屋に戻ったんですか?」


「ああ。次の日の授業の準備があったんでな」


「部屋を出る時、誰かに会いませんでしたか?」


「いや、会ってねぇ。使用人の連中に見られたら面倒なことになるからな。廊下に誰もいないタイミングを見計らって出たんだよ」


 では、灰塚は果林の存在には気づいていなかったようだ。もし彼も果林の姿を見ていれば、お互いにアリバイを証明することになったのだが――。


「一応聞いておくが、昨晩は現場には行っていないんだな?」ガマ警部が尋ねた。


「当たり前だろ。夜に崖なんか歩いたって危ないだけじゃねぇか」灰塚が小馬鹿にするように鼻を鳴らした。


「では、二十七センチの靴跡に心当たりは?」


「知らねぇよ。他の奴の靴じゃねぇのか? そんな馬鹿でかいサイズでもないし、他にも該当する奴はいるだろうよ」


「靴がなくなったということもないんだな?」


「ねぇよ、と言いたいところだが、靴箱を注意して見てたわけじゃねぇからな。なくなったとしても気づかなかったよ。さっき刑事が持って行った時は全部揃ってたがな」


 ガマ警部が唸り声を上げて腕組みをした。靴が持ち去られた可能性がある以上、足跡の主を犯人と断定することはできない。足跡から犯人を割り出すのは難しそうだ。

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