供述 ―灰塚敏夫(3)―

 先ほどと同じソファーに灰塚は腰かけ、ガマ警部と木場はその向かいに座った。灰塚は例によって長い足を優雅に組み、ポケットから煙草とライターを取り出して慣れた手つきで火をつけた。片手をソファーの手すりにかけ、ふうっと息を漏らして紫煙を燻らせる。その姿は腹が立つほど様になっていた。豪華な部屋の背景も相まって、このままCDのジャケットになっていても違和感がない。


「……で、俺に何を聞きたいわけ?」灰塚が気だるげな視線を向けてきた。


「ひとまず昨日の夕食前に、雨宮と本当は何を話していたかを教えてもらおうか」ガマ警部が言った。「言っておくが、下手な嘘を重ねたところで心証を悪くするだけだぞ」


「……わかってるよ。もう嘘はつかねぇ。余計に面倒なことになるって身に染みてわかったからな」


 灰塚がため息をついて髪をかき上げた。悩ましげな顔つきがまた色香を感じさせる。木場は落ち着きなく尻を動かしながら、いいから早く話せよ、と突っ込みたくなった。


「……あの晩、本当は俺の方が爺さんに話があったんだ」灰塚がようやく話し始めた。


「爺さん、この屋敷に引っ込んでから、ますます横暴が目立つようになったからさ。いい加減俺も見かねて、ここは一発がつんと言ってやらなきゃいけねぇって思ったんだよ。だからあいつの部屋に行った。結果は散々だったがね」


「横暴とは何のことだ?」ガマ警部が尋ねた。


「あれ、知らねぇのか? あいつは自分の家族をこの屋敷に囲い込んでたんだよ。ろくに外出もさせねぇで、娘にはまともな教育も受けさせねぇで、どう考えても正気じゃねぇ。俺は前からこんなことは止めさせるべきだと思ってたんだが、雇われの身じゃあデカい口も叩けねぇ。だから最初の何年かは大人しくしてたんだよ。

 でも、あいつが屋敷に住むようになってから、あいつはますます家族の生活に口出しするようになった。外出をさせないのはもちろん、手紙の内容まで全部チェックしやがるんだぜ? いかれてるだろ?」


「それは……確かに異常ですね」


 木場が思わず同意した。四六時中監視をしておかなければ、”家族”を維持できないとでも思っていたのだろうか。


「だろ? だから俺は忠告してやったのさ。こんなくだらねぇ人形劇を続けてると、今に天罰が当たるぜってな。

 でもあいつは全く聞く耳を持たなかった。『家庭教師の分際で、家のことに口を出すな』って、車椅子にふんぞり返りながら言ってたよ。……ったく、娘の世話になるしかねぇ身体のくせに、何様のつもりだってんだ」灰塚が絨毯に唾を吐き捨てた。


「それで、昨日の晩もその忠告をしに行ったと?」ガマ警部が話を戻した。


「ああ。結果は撃沈だったがね。しかもやっこさん、妙なことを勘繰りやがって、『お前がそんなに我が家のことに口出しするのは、何か下心があるからじゃないのか?』なんて言い出しやがるんだよ。身体は使い物にならなくても、想像力だけは健全ってわけだ」灰塚が軽蔑するように鼻を鳴らした。


「それ、もしかして公子さんとのことですか?」木場が身を乗り出した。


「ああ。使用人の連中の間じゃあ、ちょっとした噂話になってるらしいがな。奴らにとっちゃあいい暇潰しの種なんだろうよ。こちとら迷惑でしかないがね」


「では、あの女との間には何もないと?」ガマ警部が尋ねた。


「ああ。俺はこう見えて意外と貞潔なんでね。雇い主の奥さんに手を出すような真似はしねぇさ。まぁ、奥さんに頼まれて相談に乗ったことは何回もあるがね。

 あの人も可哀想な人だよ。今でもあんなにいい女なのに、こんな妙ちくりんな屋敷に引っ込んで、干からびた爺さんの相手するしかねぇんだからな」


 灰塚が肩を竦めた。物議を醸しそうな発言は散見されるものの、彼が公子や娘達の身を案じているのは事実のようだ。

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