供述 ―雨宮果林(4)―

「……下世話な話題はもう十分だ。話を事件のことに戻すぞ」


 ガマ警部が業を煮やしたように言った。


「屋敷の連中に話を聞いて、雨宮が救いようもないほど傲慢で、他人を食い物にする人間であることはわかった。言い変えれば、奴を殺す動機は誰にでもあったということだ。もちろんあんたにもな」


「あたしが?」果林が大きな目を瞬かせた。


「そうだ。あんたは一見、人殺しなどとは無関係な人種に思えるが、それでも交友関係を束縛され、被害者を恨んでいたことは確かだ。動機という点では十分容疑者になり得る」


「ちょ……ちょっと待ってくださいよ警部。いくら何でもそれは……」


 木場がソファーから腰を浮かせた。公子や灰塚ならまだしも、果林が宗一郎を殺害したというのはさすがに無理があるのではないかと思ったのだ。しかしガマ警部は譲らなかった。


「雨宮は現役時代から二十キロは痩せていた。車椅子から突き落とすくらい、あんたの力でも十分できただろう。あんたのその子ども染みた言動も、自分から疑いを背けるための演技ではないと言い切れるか?」


「……オジサンったらひどいこと言うのね。こんないたいけな女の子がサツジンハンだなんて。ねー、バニーちゃん」


 果林があくまで無邪気にぬいぐるみに話しかけた。どこまでが演技でどこまでが本心なのか、まるで判断がつかない。


 だが、果林の痛々しいまでの無邪気さも、元はと言えば宗一郎の束縛が原因だったのかもしれないと木場は思い始めていた。


 豪邸に住んでいることだけでも同年代の子どもから顰蹙ひんしゅくを買いそうなのに、その上友人の家に遊びに行くことも、友人を自宅に招くこともしないとなれば、お高く止まっていると思われて仲間外れにされても無理はない。中学生という多感な時期に友人を持てなかった果林は、ぬいぐるみを相手に寂しさを紛らわせるしかなかった。そう考えると、ぬいぐるみで溢れ返った賑やかなこの部屋は、かえって彼女の孤独さを象徴しているように思えてくる。


「……でも、ドーキが問題だって言うなら、あたしより怪しい人がいると思うわよ」果林がぬいぐるみを撫でながら不意に言った。


「え、誰のこと?」木場がきょとんとして尋ねた。


「お姉ちゃんよ、決まってるでしょ? パパに一番ひどい目に遭わされてきたのはお姉ちゃんなんだから」


 果林が当然のように言った。木場は一瞬呆けた顔をしたが、すぐに果林が誰のことを言っているかわかった。途端に顔をしかめ、弁護するように言う。


「……確かに霧香さんは五年間もお父さんの介護をしてきた。そりゃ嫌になることもあったと思うけど、だからって特別に怪しいってわけじゃ……」


「わかってるわよ。霧香お姉ちゃんは虫も殺せないんだから、サツジンなんてできるはずないわ。」果林があっさりと否定した。


「そうなの? でも今、お姉ちゃんが怪しいって……」


「それは間違いないわ。あたし、パパが死んだのは絶対お姉ちゃんの仕業だと思うの。」果林が力強く頷いた。


「……さっきから話が見えんな」ガマ警部が見かねて口を挟んだ。

「方や殺人などできるはずがないと言い、方やあの娘の仕業に間違いないと言い……、あんたはあの霧香という娘を弁護したいのか、それとも犯人として告発したいのかどちらなんだ?」


 ガマ警部が不可解そうに果林を向ける。木場も同意を示すように何度も頷いた。だが当の果林は平然としたもので、ぬいぐるみから顔を上げると澄ました顔で言った。


「あたし、霧香お姉ちゃんがハンニンだなんて言ってないわ。あたしは確かにお姉ちゃんが怪しいって言った。でもそれは霧香お姉ちゃんじゃない。佳純かすみお姉ちゃんよ」

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