供述 ―雨宮果林(5)―
部屋が一瞬、水を打ったように静まり返った。
突然飛び出したその名前は、しばらくの間二人から身体の動きを奪ってしまった。木場は中途半端にソファーから腰を上げた格好で硬直し、ガマ警部でさえ驚愕のあまり口が開いたままになっている。それほど衝撃が大きかったのだ。
「ちょ……ちょっと待って果林ちゃん、今何て言った?」木場が膝に乗せていたひよこのぬいぐるみを床に放り出した。「佳純お姉ちゃんって誰のこと?」
「あれ、知らないの? 一番上のお姉ちゃんよ。霧香お姉ちゃんとは双子だったの」
果林が当然のように言った。木場はガマ警部と顔を見合わせた。初めて聞く情報だ。公子も霧香も、灰塚も松田も、誰もその名前を口にしなかった。まるで意図的に情報を遮断しているかのように。
「そのお姉さんがお父さんにひどい目に遭わされたって言ったね。いったいどういうことなんだ? いやそれ以前に、そのお姉さんはどこにいるんだ?」
木場が懸命に頭を働かせながら尋ねた。不可解な点が多すぎて、何から質問すればわからない。
果林はまじまじと木場を見返した後、ガマ警部の方に視線を移した。ガマ警部は無言のままソファーに身を沈めていたが、それでも顔には緊張感が漂っている。
「……ホントに知らないの? 佳純お姉ちゃんのこと……」果林が目をぱちくりさせた。
「うん、何も聞いてないんだ。みんな示し合わせたみたいに教えてくれなかった。どうしてなんだろう?」木場が首を捻った。
「それは……たぶん、思い出したくなかったからじゃないかな。あたしも正直あんまり話したくないし……」果林が珍しく表情を曇らせた。
「どうして?」
果林は答えなかった。胸に抱いたぬいぐるみに視線を落とし、今までになく険しい表情を浮かべている。
木場は怪訝そうに果林の顔を見つめていたが、そこではたとあることに気づいた。さっき果林が口にした言葉。そこに含まれた違和感が、一足遅れて脳に染みわたってきたのだ。
一番上のお姉ちゃんよ。霧香お姉ちゃんとは双子だったの――。
「……もしかして、佳純さんはもう」
木場はやっとのことでそう口にした。自分のものではないような掠れた声が出る。膝に置いた拳が震え、誰かの冷たい指先がそっと頬に触れたような気がした。
果林がぬいぐるみから顔を上げた。その顔に先ほどまでの無邪気さはなく、底知れない闇を湛えた
「……そうよ」
ぽつりと零した果林の声が床に落ちる。先ほどまでの無邪気な様子とは一転、その表情は気だるげなものだった。
「佳純お姉ちゃんは、今から六年前に自殺したの。パパがお姉ちゃんを殺したのよ」
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