ぬいぐるみのおうち

 再び階段を上がり、西側突き当たりにある果林の部屋に向かう。木場が扉をノックすると、すぐに「はーい!」という元気のよい返事が聞こえた。


「あ、果林ちゃん? 刑事の木場だけど、もう一回話を聞かせてもらってもいいかな?」


「あぁオジサン? いいわよ。ちょっと待ってて、鍵開けるから」


 果林が答え、こちらに向かって走ってくる音がした。鍵を外すがちゃがちゃという音を木場は聞きながら、オジサンというのは自分じゃない、ガマ警部のことだと頻りに自分に言い聞かせた。


 やがて扉が開き、ツインテールを揺らしながら果林が現れた。赤いワンピースの胸元には例によってぬいぐるみを抱えていたが、クマではなくウサギに変わっていた。


「あれ、テディちゃんはどうしたの?」木場は思わず尋ねた。


「今日はいろんなことがあって疲れちゃったみたいだから、今はちょっとお休みしてるの。今はこの子が相手してくれるのよ。ねー? バニーちゃん?」


 果林は小首を傾げてウサギのぬいぐるみを抱き上げた。ウサギだからバニー。また何とも安直な名前だ。


「よかったら中で話を聞かせてもらえる? ここだと人通りがあるし」


「いいわよ。みんなもオジサンの話聞きたがってるから、一緒に話しましょ」


 果林が愛想よく言うと、扉を開けて木場達を招き入れた。みんな、というのはやはりぬいぐるみを指すのだろう。天真爛漫という言葉では言い尽くせないその幼さを前に、さすがの木場も当惑を隠し切れなかった。




 案の定、果林の部屋はぬいぐるみで埋め尽くされていた。棚からベッド、それに椅子にまで様々な動物のぬいぐるみがてんこ盛りになっており、ほとんど足の踏み場がない。


 テディちゃんはベッドに寝かされていた。ご丁寧にシーツがかけられ、端から見ると赤ちゃんが眠っているようだ。きっと哺乳瓶でミルクを飲ませたりおしめを変えたりすることもあるのだろう。ただし、世話をしている人間の方がよっぽど子守りが必要だとは思うのだが。


「で、あたしに何を聞きたいの? 昨日のことなら全部喋ったと思うけど」


 果林がぬいぐるみに埋もれたソファーにスペースを確保しながら言った。木場とガマ警部もぬいぐるみを押しのけ、彼女と向かう合う格好でソファーに座った。童顔の木場はともかく、強面のガマ警部がぬいぐるみに囲まれて座っている様は、趣味の悪いコラージュ写真にしか見えない。


「ああ。あんたの証言は実際役に立った。あの家庭教師が、夕食後にあんたの母親と会っていたという裏付けが取れたからな。ただし、あんたの期待しているような関係ではなかったらしいが」


 ガマ警部が普段と変わらぬ調子で言った。傍らのぬいぐるみには目もくれない。意図的に視界からシャットアウトしているのだろう。


「そうなの? 残念。あたし、灰塚先生がパパになったらいいと思ってたのに」果林がバニーちゃんの頭を撫でながら言った。


「果林ちゃん、さっきもお父さんのこと好きじゃないって言ってたもんね。確か学校に行かせてもらえなかったんだっけ」


 木場がボール大のひよこのぬいぐるみを触りながら言った。他に置くスペースがなかったのでとりあえず膝に乗せたのだが、そのふわふわさ加減に病みつきになってしまったのだ。


「そうなの。パパってばひどいのよ。あたしのお友達全員チェックして、ちょっとでも気に入らないところがあるとすぐに縁を切れって言うんだから。

 中学に入ってからはお友達のお家にも行かせてもらえなかったし、もちろん家に呼ぶこともできなかったわ。同級生の子はみんな普通に遊びに行ったり家に呼んだりしてるのに、あたしだけ何にもさせてもらえなかったのよ」果林が唇を尖らせてまくし立てた。


「果林ちゃんが中学生っていうと……、今から四年前だよね。お父さんはその時もう、この屋敷に住んでたんだっけ」


「そうなの。パパってばお仕事なくなって退屈だから、あたし達のこと見張ってたのよ。あたし達が文句言ったら、『誰の金で暮らしてると思ってるんだ!』って怒鳴りつけて。ホントひどいわよね」


「灰塚先生は、そういう状況を見かねてお父さんと口喧嘩をしたって言ってた。そのことは知ってる?」


「ええ知ってるわ。先生、うちに来た時からずっと言ってたもの。この屋敷はおかしいって。パパにも直接言ったみたいだけど、パパは人の言うこと聞く人じゃないから」


 果林がパフスリーブの肩を竦める。灰塚と被害者が犬猿の仲であったのは周知の事実のようだ。

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