秘密の相談
二階に上がり、二人はまず東側にある公子の部屋へと向かった。部屋の扉をノックすると、ややあって鍵の開く音がして、公子が扉を開けて部屋から出てきた。パックでもしていたのか、前髪は顔の横にかき分けられ、肌が先ほどよりも艶を増したように見える。手にはやはり煙管を持ち、白い煙が残り香のように立ち上っている。部屋の中から漂ってくる甘ったるい匂いはアロマオイルだろうか。
「あら、刑事さん、まだあたくしに何か御用ですの?」
公子が綺麗に描かれた眉を寄せて尋ねた。明らかに歓迎していない口ぶりだ。
「捜査に進展があったものでな。改めて話を聞く必要が出てきた」ガマ警部が言った。「できれば部屋の中で話をさせてもらいたいんだが」
「お断りします。あたくし、殿方を部屋に招待する趣味はございませんのよ」公子がつんと顔を背けた。
「あれ、灰塚先生はいいのに、自分達はダメなんですか?」
木場が思わず言った。ガマ警部にじろりと睨まれ、木場は慌てて口を手で覆ったが、すでに遅かった。公子が片方の眉を吊り上げ、冷ややかな視線を木場に向けてくる。
「……あなた、今なんておっしゃいまして? あたくしが灰塚先生を部屋に入れたですって?」
「い、いえ、それはその……」
「あなたも下世話な使用人と同じで、根拠のない噂話がお好きなようね」公子が軽蔑するように鼻を鳴らした。「男と女が一つ屋根の下にいるというだけで、好き勝手なことを想像して誰彼構わず言いふらす……。警察の方がそんな低俗な趣味をお持ちとは存じ上げませんでした」
「こいつの低俗な趣味は置いておくとして、だ」ガマ警部が口を挟んだ。「灰塚と不適切な関係を持っていたことについて、あんたは事実無根だと言いたいのか?」
「当たり前です。最初に申しましたでしょう? あたくしは主人を愛していたと」公子は平然と言った。
「で、でも、実際に果林ちゃんが、あなたの部屋から灰塚先生が出てくるのを見たって言ってるんですよ!?」
木場が急いで反論した。このままでは、自分がただのゴシップ好きの刑事にされてしまう。
「果林が?」公子が眉を上げた。
「はい。昨日の夜の十時頃に見たって、嬉しそうに喋ってましたよ」
公子はまじまじと木場を見つめていたが、やがて額に手をやって深々とため息をついた。急に老け込んだようで、口周りの小皺が露わになる。
「……それを早くおっしゃってください。ですが、あの子のお喋りも困ったものですね。家族の恥になるようなことでも誰彼構わず話してしまうのですから」公子が疲れ切った様子で言った。
「じゃあ、昨日の晩に先生と一緒にいたことは事実なんですね?」木場がそれ見たことかという顔で尋ねた。
「ええ。ただ、あなた方が考えているような
「相談? 何のですか?」
「それは……あまり人には聞かれたくないことですから」
「ならば余計に聞く必要があるな」ガマ警部が厳しい口調で言った。
「いいか、これは殺人事件の捜査だ。あんた達にどんな事情があろうが、隠し立てすることは許されん。協力を拒めば自分達の疑いを濃くするだけだぞ」
「……あたくしは確かに主人を好ましく思っておりませんでした。ですが、断じて殺してはいません」公子がきっぱりと言った。
「その辺りの事情も含めて、詳しい話を聞かせてもらう必要がある。こんなところで立ち話を続けていては、あんたの言う『下世話な奴ら』に聞かれるかもしれん。場所を移した方が身のためだと思うがな」
ガマ警部が容赦なく言った。公子は艶やかな額に皺を寄せて逡巡していたが、やがて諦めたように再びため息をついた。
「……仕方がありませんわね」
公子はそう言うと、気が進まなさそうに扉を押し開けた。ガマ警部は遠慮なく部屋に足を踏み入れ、木場は少しためらいながら後に続いた。
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