第二部 歪んだ家族

捜査 ―4―

疑惑の奥方

 木場達が屋敷に一歩足を踏み入れると、何十人もの警官が待ち構えていたかのように二人を出迎えた。使用人への聞き込みを担当していた刑事達だ。


 木場とガマ警部は、まず彼らから聞き込みの成果を聞くことにした。その結果、使用人にはいずれも犯行時刻にアリバイがあることが判明した。何でも、使用人達は基本的に二、三人で固まって後片づけや掃除をしていたらしく、姿の見えなかった者は一人もいないと言うのだ。ちなみに、犯行時刻前後に屋敷を出入りする者がいなかったかも尋ねてみたが、彼らは厨房や部屋に引っ込んでいたため、誰かが出入りしていたとしても気づかなかったと言う。


「……あまり有益な情報は得られなかったようだな」ガマ警部が苦い顔で呟いた。

「ところで、現場から二十七センチの靴の足跡が見つかっている話は聞いているか?」


「はい、聞いております! 今から全員の靴を検分し、一致する足型がないかを調べる段取りになっております!」若い警官がはきはきとした口調で答えた。


「そうか。では靴の調査は任せるとしよう。俺達は引き続き家人に聞き込みをしたいんだが、奴らはまだ部屋にいるのか?」


「はい! 長女と運転手は一旦外出しましたが、先ほど帰宅して部屋に戻りました。その他の家人も見かけておりませんから、部屋にいると思われます」


「そうか。ご苦労だったな」


「はっ!」


 若い警官が敬礼し、それに倣って他の警官も敬礼をした。どうやらガマ警部は捜査員から敬意を払われているようだ。もっとも、彼の鋭い眼光を前に恐れをなしただけかもしれないが。


「それじゃ警部、まずは誰からいきましょうか?」木場が尋ねた。


「一番気になるのはあの家庭教師だな。被害者と口論になったという話を意図的に隠していた。何か疚しいことがあるのかもしれん」


「そうですよね……。よし! あいつの鼻の下を伸ばしてやりましょう!」木場が意気込んで拳を振り上げた。


「……それを言うなら『鼻を明かす』だ。もう少し日本語を勉強しろ」


 ガマ警部が呆れ顔でため息をつく。木場は拳を上げた格好のまま動きを止めると、そのまま手を後頭部にやってばつの悪そうな笑みを浮かべた。




 かくして木場とガマ警部は、一階東側にある灰塚の部屋へと向かった。木場が部屋の扉をノックしたが、中から返事はない。聞こえなかったのかと思って今度は力強く叩いてみたが、やはり返事はない。扉に側頭部をつけ、耳を澄ませてみても何の音も聞こえない。


「おかしいな……。部屋にいないんでしょうか?」木場が扉に耳をつけたまま言った。


「散々疲れているとぼやいていたからな。単に寝ているだけの可能性もある。鍵はかかっているのか?」ガマ警部が尋ねた。


「はい。さっき閉めた時のままみたいですね」


 木場がドアノブをがちゃがちゃさせながら言った。それでも室内からは何の反応もない。


「やむを得んな。奴は後回しにして、先に他の家人を当たるか」ガマ警部が肩を揉みながら言った。


「そうですね。えーと、次に話を聞きたいのは……」


「あの公子という女だな」ガマ警部がすかさず言った。「奴は夕食後、部屋に一人でいたと言ったが、実際には家庭教師と一緒にいたところを下の娘に目撃されている。詳しく話を聞かねばならんだろう」


「そうですね! まったく……いくら屋敷での生活にうんざりしてたからって、夫の目と鼻の先で堂々と不倫するなんてどうかしてますよ!」木場が鼻息を荒くした。


「俺も同意見だが、今問題にするのはそこじゃない。問題は、あの二人が何時から何時まで一緒にいたかだ」


「果林ちゃんの証言によると、二人を見たのは十時頃ということでしたね」木場が手帳を捲りながら言った。「この話が本当だったら、二人にはアリバイが成立します」


「ああ。だがさっきも言ったように、九時四十五分きっかりに被害者を殺害したのであれば、十時までに部屋に戻ってくることは可能だ。それに、あの二人が共犯の可能性もある」


「共犯?」木場が手帳から顔を上げた。


「ああ。奴らには二人とも動機がある。あの公子という女は雨宮によって屋敷に縛りつけられ、灰塚はあの女に不憫さを感じていた。二人で結託して雨宮を殺害した可能性は否定できん」


「そっか。じゃあ二人が一緒にいたとしても、アリバイの証明にはならないんですね」


「そういうことだ。いずれにしても、まずはあの女の話を聞かねばならんだろう」


 ガマ警部はズボンのポケットに手を突っ込むと、背中を丸めてのしのしと階段の方に歩いて行った。木場も急いでその後を追った。

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