供述 ―岩井一匡(1)―

「じゃあ、岩井さんもここに住み込みで働いているんですか?」木場が尋ねた。


「……はい。旦那様は週に一度、病院へリハビリに行かれます。その他、霧香様がお薬を受け取りに行かれる際や、灰塚先生や松田様が所要で街に行かれる際、メイドの方が買い物に行かれる際などの送迎を担当させていただいております」岩井がぼそぼそと答えた。


「そうなんですか。でもよかったんですか? こんな不便な場所に住むことになって、ご家族の方は反対されなかったんですか?」


「……私に家族はおりません。それに、旦那様からは十分なお給金をもらっておりますし、週に二日はお休みをいただいております。勤務地以外は好条件な仕事ですから、特に不満を感じたこともありません」


「ふーん、そういうものなんですね。あ、そういえば、昨日の事件のことを警察に通報したのって岩井さんなんですよね?」


「はい。松田様から申し付けられましたので」


「その前は何をされてたんですか?」


「昨日は休みでしたので、一日部屋で過ごしておりました」


「お一人だったんですか?」


「はい。読書をして過ごしておりました」


「夕食もお一人で?」


「はい。仕事の際は車内で済ませることも多いのですが、昨晩は部屋でいただきました」


「じゃあ、昨日はほとんど誰とも喋らなかったんですか?」


「はい。私は元々人付き合いを好まないのです」


 木場は頷いた。寡黙な岩井のことだ。屋敷の人間と打ち解ける気は最初からなかったのだろう。


「事件のことは松田さんから聞いて知ったんですか?」


「ええ……とはいえ、最初は信じられませんでした。公衆電話からの通報を終え、屋敷に戻ってから私も崖に向かいましたが、確かに旦那様のご遺体が海面に浮かんでいました。まさかこんなことになるとは……」


 岩井がゆるゆるとかぶりを振った。付き合いが短かったとはいえ、知っている人間が水死体になっているのを見たら、ショックを受けるのも無理はないだろう。


「他に何か変わったことはありませんでしたか?」


「いいえ……。先ほども申しましたように、私はほとんど部屋から出ておりませんから、特に気づいたことはありません」


「そうですか……」


 木場は肩を落とした。いろいろと質問してみたが、あまり有益な情報は得られなかったようだ。


「ところで、あんたの靴のサイズは何センチだ?」ガマ警部が岩井に尋ねた。


「靴のサイズでございますか? 二十七センチですが……」


「二十七センチか。身長の割に大きいようだな」


 ガマ警部が岩井を見上げた。岩井の背丈は百七十センチほど。平均的な身長と言える。


「ええ、まぁ……。ですが、それがどうかなさいましたか?」


「いや、こっちの話だ。足止めして悪かったな。もう行っていいぞ」


 ガマ警部が興味をなくしたように言った。岩井は当惑した顔で木場とガマ警部を代わる代わる見たが、やがて諦めて霧香を連れて屋敷の方へ戻って行った。


「……警部、今のって」


 岩井の姿が見えなくなったところで木場が言った。


「あぁ、念のために聞いてみたが、まさかドンピシャとはな。といっても、靴のサイズだけで奴を犯人と断定できるわけでもないが」ガマ警部が苦い顔で言った。


「そうですよね。岩井さんは別に被害者を恨んでなかったみたいですし、そもそも被害者との付き合いも三年しかありませんしね」


「あぁ。だが雨宮のことだ。短期間でも人の神経を摩耗させた可能性がないとは言えん。あの運転手のことも含めて、もう少し屋敷内の人間関係を探る必要があるだろうな」


「じゃあ、聞き込みを再開するんですね?」


「あぁ、その前に、後発隊の奴らを探して情報を突合させておこう。使用人の目撃情報が加われば、また違ったものが見えてくるかもしれんからな」


「わかりました!」


 木場が元気よく返事した。気合を入れるようにズボンをぱんぱんと叩くと、意気揚々と屋敷の方へ駆け出して行く。ガマ警部はトレンチコートのポケットに両手を突っ込み、のしのしとその後に続いた。

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