安眠は遠し
帰り道は五分とかからなかった。さらに後発隊が到着したのか、屋敷の前にはパトカーがひしめき合い、至るところで赤いサイレンが不吉に揺らめいている。
「……あれ? 警部、あそこにいるの、霧香さんじゃないですか?」
木場が屋敷の方を指差して尋ねた。ガマ警部が視線をやると、立錐の余地もないほど並んだパトカーの中で、周囲の車とは明らかに雰囲気の違う車が止まっていた。縦に長いフォルムに磨き抜かれた黒塗りの車体。おそらく雨宮家の自家用車だろう。無骨なパトカーの中に一台だけ高級車が停まっている様は、シマウマの群れの中に一匹の黒馬が紛れ込んでいるように見えた。
その黒塗りの車の後部座席に霧香が座っていた。木場が見ていると運転席の扉が開き、モスグリーンの制服に白い帽子を被り、白い手袋を身につけた運転手が現れた。運転手は素早く後方へ周ると、慣れた手つきで後部座席のドアを開けた。霧香の手を恭しく取り、彼女が車内から降りる手助けをする。反対側のドアからは警官が降りてくるのが見えた。慣れない高級車に落ち着かなかったのか、どことなくほっとした様子だ。
「霧香さん、どこかに行ってたんでしょうか?」
「そのようだな。警官を伴って行ったということは、よほど緊急の用事だったのか……」
「本人に聞いてみましょうか。おーい、霧香さん!」
ちょうど霧香が地面に降り立ったところで木場は声をかけた。霧香が顔を上げ、木場の方に向き直る。木場は彼女の方へ駆けて行った。
「まぁ、刑事さん。聞き込みはもう終わりましたの?」
「いえ、これから第二ラウンドが始まるところです。霧香さんはどちらへ?」
「父の主治医のところへ行っていたんです。この近く……と言っても車で一時間はかかるのですけれど、そこにお住まいで、父の容態に変化があればいつでも知らせてほしいとおっしゃっていたんです」
「だが、そんな用事なら電話で済んだんじゃないのか?」追いついたガマ警部が尋ねた。「何もわざわざ出向くことはないだろうに」
「警部、ここは電話が使えないんですよ」木場が言った。
「あぁ……そう言えばそうだったな。だが、遣いをやるだけなら、メイドにでも行かせればよかったんじゃないか?」
「その先生は私の担当医でもあるのですが、処方していただいた睡眠薬が切れてしまったもので、一緒にもらいに行こうと思ったんです。……薬がないと、今日はとても眠れそうにありませんから」霧香が打ち萎れた様子で言った。
「そうなんですか。自分なんて布団に入ったら三秒で寝れますけど、眠れないのは辛いですよね……」木場が同情したように言った。「薬はいつから飲んでいるんですか?」
「五年前頃からでしょうか……。元々不眠症の傾向はあったんですが、その頃からひどくなってしまって」
五年前と言えば、確か宗一郎が交通事故に遭った年だ。父親の介護という重荷を背負わされ、心身共に疲弊してしまったのだろうか。
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